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常用量依存を起こすことにより、患者が受診を怠らないようになる

「常用量依存を起こすことにより、患者が受診を怠らないようになる。」

物議をかもした文言です。このブログをご覧になる方は上記文言がどこからの引用かお分かりになると思う。上記文言には批判的な意見が多い。もはや犯罪的だとか、詐欺だとか。私もそのような批判的な意見には基本的には賛成している。と同時に、アルコール依存でも私には、批判ばかりもできないという気持ちもあった。

この文言に対する攻撃は他社のブログに任せておいて、アルコール依存症の立場から、メリット?も記しておこうと思う。アルコール依存症は、専門病院に数ヶ月入院して治療しても退院してしまえば再飲酒の確率は異常に高い。実際、入院していて同じ患者と接していても、「こいつ退院してもすぐ飲むだろうなぁ」という人がほとんどだし。真面目に断酒を決意して退院していく患者なんて数えるくらいだというのが現実。アルコール依存専門病棟の裏表は機会をみて別エントリーで書くことにするが、あそこは入院してみないと実態なんて知ることのできない可笑しなところだ。

さて、精神科医への集中砲火を引き起こした上記の「「常用量依存を起こすことにより、患者が受診を怠らないようになる。」という文言であるが、アルコール依存症の患者に限って言えば、「これもあり」だと思ったりする。アルコール依存症を患い、断酒継続できるということは、健常者には理解できないほどのすごいことだと思う。飲んでいないこと、それは健常者にとっては普通の屁でもないようなことに思えるのだが、アル中連中にしてみれば、5年断酒なんてオリンピックの金メダリストより賞賛されるべき人に見える。10年選手なんて、ゴッド、神様の領域。10年選手から、足の裏なめろなんて言われたら「なめさせて頂きます」の世界なんだから。

いろんな理由で、とにかく再飲酒の確率は異常に高い現実がある。病院側は退院時に断酒継続にあたり「自助グループへの参加」と「継続して病院へ通院すること」を患者に納得させることも多いと思う。さて、病院へ通院することだが、もし病院へ通院して、何の薬も処方されずただ先生と他愛のたい話をするだけだったら、あなたは通院を継続するだろうか?精神科に行く目的なんて、その9割が薬もらいに行ってるようなものではないか!交わす言葉といえば「お変わりないですか~。最近寒くなりましたね~。」などの、クソの役にも立たない会話ばかりなんだから。もちろん、精神が不安定な状態にある患者さんたちには、カウンセラーと会話するみたいなノリで、そんな会話でも十分気持ちがラクになる場合もある。しかし、残念ながら、そんな患者さんほど、精神科はウザいと思ってるだろうけど。なかなか帰りたがらないからね。

真面目な断酒継続中の「立派なアル中」はキチンと通院する。薬をもらうために!!!その薬とは、言わずと知れたしれたベンゾジアゼピン系の安定剤だったり眠剤だったりする。アル中に処方する薬が、ベンゾジアゼピン系の安定剤だというのは、ある意味確信犯だよなぁと思う。もちろん、ベンゾジアゼピン系の安定剤には、アルコールの離脱禁断症状の緩和という目的もあるし、アルコール依存症で入院した患者は、離脱なんてなかったとしても精神病院ではゆっくり枕を高くして安眠できる精神状態じゃないので、眠剤は必要だとも思う。精神病院に入院してその環境みてもうびっくりしてそれで病気になるなんて笑い話じゃないから。あそこは日本の無法地帯だし、何が正しいとか悪いとか、もう価値判断の基準をリセットしないと生きていけない世界だしね。

それで、もどって、「常用量依存を起こすことにより、患者が受診を怠らないようになる。」というトピックだけど、それはアルコール依存症患者にとっては、プラスなんじゃないかと、思う。彼らにとっては、その理由が何であろうと(医者の営利的思考の罠にはまっていようが)病院に定期的に行くということは、断酒継続する上で非常に良いことだから。もし、その病院が自分が入院していた病院だとしたら、ひと月に一回は自分の入院していた病院に足を運ぶことになる。ひと月に一回は、入院していた頃をリアルに回想する機会を得ることになる。それは、強烈に断酒ドライブを継続させる要因になる。

実際、再飲酒するアルコール依存症の患者は、ほとんどのケース、定期的な通院を止めてしまっている。逆に毎月毎月キチンキチンと通院している人でスリップしてしまったというケースはあまり聞かない。通院を止めるということは、再飲酒の前触れみたいなものである。通院継続して、ベンゾジアゼピンの常用量依存になろうが(暴言すれば)アル中再発よりは、マシなんじゃないかと私は思う。私の場合は、常用量どころか、その12~13倍の量を服用していたので偉そうなことは言えないのだけれど、常用量依存だったら、アル中再発して人生ドツボに再びのシナリオよりは、まだ許せるように思う。ベンゾジアゼピンに常用量依存しても、それ自体で、社会的不適合者の烙印を押されるわけじゃないし、多少苦しむとしても、他人には迷惑をかけることはないから。でも、アルコール依存症は、自分はもとより周りにすんごい迷惑かけてしまう。

アルコール依存症で断酒継続している者にとって、病院に毎月一回いくこと自体に大きな意味があると思う。患者がいくらどアホウでも、毎回病院に行って、何の処方もなしに先生と世間話をするだけだったら通院を止めてしまうのは目に見えている。定期的に精神科を訪れているのに何の処方がないというものあまり聞いたこともないし。病院としては、処方しているベンゾジアゼピン系の眠剤が、断酒継続中の患者に薬本来の効果があろうがなかろうが、ある種の「断酒継続の」お守り的な意味でお薬を出しているのだろう。薬を処方してもらっている以上、患者側も薬がなくなる時期が病院に通う目安にのなるし、カウンセリングだけでなく、物質的な何か(薬)をもらいにいかないとという目的がはっきりしているから、通院継続しやすいということになる。

つまり、アルコール依存症者にとって、病院に通うことが第一義に大切なのだが、診察を受けなくてもいいから毎月病院に来いと言われてもそれを守る者はいないだろう。診察するということは、病院に来院させるための、患者にとっても病院にとっても双方に都合のよい理由になるし、診察時に処方されるベンゾジアゼピンが多少なりとも依存性をもってくれていたらこれは願ったりかなったりということになる。

上記に書いたことは、決して「常用量依存を起こすことにより、患者が受診を怠らないようになる。」という文章を一般肯定するものではないが、苦笑いしながら、アル中にはメリットがあるなぁと感じた次第。本人にとってもアルコール依存症者を持つ家族にとっても、服用していて相当困った副作用がでない限りは、酒を飲んでもらうよりは薬の方がマシという意見に賛成してくれるとおもう。酒の害は判りやすいから。逆に言うと、ベンゾジアゼピンの害は判りにくい。判りにくいからたちが悪いんだけどね。

アルコール依存症の治療に、現状、ベンゾジアゼピン系の処方は欠かせないようだ。まずアルコールへの依存を薬への依存へと転換させようという考えなのかもしれない。ベンゾジアゼピンの薬害を人一倍認識している珍しい病院では、一切薬を処方せずに入院期間を過ごさせるというプログラムもあるようだ。薬に頼るようでは断酒なんぞほど遠いという考えだろうけど、それは理想を追求し過ぎた考えにも見える。何事にも転換せず、アルコールの依存を叩ききるというのは理想だけれど、そういう治療法なんて確立されてもいないのに、理想論だけ振りかざしても意味ないと思うし。病院側が主張する、各種精神療法なんて、パンフレットをみると「すごいことやってるんだ、これは効果ありそう」に見えるけど、中に入って患者の立場からみると「子供だまし」もいいところだからね。結局、アルコール依存症の病院なんて「外にいたら周りに大迷惑をかける厄介者の一時拘束施設」の域をまだまだ出ていないと正直に思ってしまう。

ベンゾジアゼピンの薬害で苦しんでいる方には、このエントリーには賛同できないと思うけど、アルコール依存症者としての立場から書いてみた。

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アルコール依存とベンゾジアゼピン系薬物依存の記録。

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