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ブログ趣旨

アルコール依存症に関する情報は、書籍・ウェブなど調べようと思えば簡単に手に入る。アルコールの離脱禁断症状がどのようなものであるとか、アルコールを断酒する苦しみがどのようなものであるとか、正しい情報を得るのにそれほど苦労することはない。

また、アルコール依存症を含めた広義の意味での「依存症体質」や、病気として自己もしくは周囲が認識する以前の「生きづらさ」を感じている状態、その主な原因は「生育歴」にあることも近年判ってきているようだ。アダルトチャイルドやアダルトチルドレンという言葉を耳にする機会も多い。「機能不全家族」と呼ばれる家族で幼少期を過ごした子供は、自己防衛本能として身につけてしまった癖を大人になってからも引きずって生きなければならない。頭では判っている、理屈では判っている、しかし、現実問題としてどうしても上手に対応できない。対応できない結果、いつも心に「空虚感」を感じ、結果、「生きづらさ」を常に抱いて生きていくことになる。

まるで催眠術にかけられたのと同じ。自分がなぜそんな言動をしてしまうのかわからない。でも、そんな自分の振る舞いによって苦しむのは自分だって判っているのに。そんな自分を変えたいっていつもいつも思っているのに。でも、気がつくと、やっぱり自分を苦しめている自分が今日もいる。骨の髄まで叩きこまれた癖は、そうそう簡単には、抜けるものではない。

生きづらさがひどくなると、病的な症状、つまり依存症を発症してしまう。アルコール、薬物を始めとする「物質」に依存してしまうパターンと、「買い物」「セックス」「過食・嘔吐」など行動に依存してしまうパターンの大きく2つに分けられるが、多くの場合、複合的に発症してしまうようだ。私もそうだった。

依存症を克服しようと努力する。私も努力した。今も継続している。このブログで自身の今までの経過を少しづつ綴ってみようと思う。その中で、私自身の「依存症」の原因について思考した結果を明文化し、よりはっきりとした考察を試みることで、今後の生き方の指針を得られるかもしれない。また、この広い世の中に今までの私の経験が何かしらの参考になる人々もいるかもしれない。

このエントリーの冒頭にアルコール依存症について触れた。私はアルコール依存症である。現在は断酒しているが過去に2回精神病院に入院したことがある。2回の入院の合計期間は1年弱に及ぶ。たった1年かもしれないが、短い人生のなかで「1年という期間」を精神病院で過ごしたことは、客観的にみると、クソのような経験だと思う。もちろん、私自身は大変有り難い貴重な経験をさせて頂いたと当然前向きに考えるのだが、世間一般の人々にとって「精神病院の入院」など、クソとしか思わないだろうから。

多少自由になるお金がある頃は、その金を使うことによって依存できる行動、つまり「買い物」「女遊び」に依存したこともあった。そんな依存は、お金がなくなればそうそう続けることはできないので、今はなんとかおさまっている。有り難いことに借金してまで金使うという時期は過ぎているようだ。広い世の中には、借金する行為自体に依存してしまうとう珍しいパータンも存在していると聞いた。どんな精神状態なのか経験のない私には判らない。金を借りなければならないという強迫観念なのか、金を借りれば気持ちが良いのか。

今の私は湯水に使えるほどのお金がないからお金を使うことによる依存がおさまっているのか、その依存自体を克服できたのか判らないでいる。このブログを綴ることで、どちらなのか見えてくるのかもしれない。

アルコール依存にもし救いがあるとすれば、もし病識を正しく持てさえすれば、つまり自分がアルコール依存症だと認めることができれば、それを克服するための情報の入手は困難ではないということだと思う。もちろん、当の本人にとっては、それ(アルコール依存症と認めること)が最も難しいことだとは思うけれど。

このブログの大きな目的の1つに依存症の中でもそれほど知られていない依存症、ベンゾジアゼピン系の精神安定剤・睡眠導入剤による依存症について、私の経験を伝えることが挙げられる。私がベンゾジアゼピン系の薬を服用するきっかけは、アルコール依存症の治療でこの系統の薬を処方されたことである。気がつくと、常に1000錠の安定剤・眠剤が手元になければ安心して生活できないという状態にまで侵されてしまった。

ベンゾジアゼピン系の薬による依存は最近までそれほど知られることはなかった。故意なのか、それともこの系統の薬の依存はそれほど深刻ではないと本気で信じている精神科医が多いのかは判らない。おそらく、どちらも正しいと思う。ベンゾジアゼピンの依存で、もっとも困るのは、信頼できる情報がウェブでも書籍でもほとんど入手できないということだと思う。ウェブで頑張って調べても、ベンゾジアゼピン依存で苦しんでいる人が世の中にたくさんいるということは判る。しかし、ベンゾジアゼピン依存をどのようにして克服したかという具体的経験談はほとんど見つけることができない。

経験者だけが知るベンゾジアゼピンの強烈な離脱・禁断。絶望の底へと叩き落とされる断薬の失敗。生きることそれ自体が不安と恐怖に変わる。恐ろしいベンゾジアゼピン依存。私は思い出せる限り具体的に事実を書こうと思う。人がどうすべきとか、私には判らない。私は私が思ったこと、私が行ったことをただそのまま書こうと思う。ベンゾジアゼピン系の薬物の断薬を考えている人には、1つの事例としてもしかしたら何かしら参考になると思う。

現在私は無職である。46歳の3児の父親である。つらい。今までの人生振り返るとすべて中途半端。今は妻と妻の実家に養ってもらっている。みじめ。夫として妻に何の主張もできずにいる。親として子供に威厳のかけらもない。こんなドツボの状態で、こんなドツボの状態だからこそ、ようやく「依存」についての振り返りを贅沢にも時間を使って記すきっかけを与えてくれた妻に心より感謝したい。

一生治らない病気、「依存症」。酒を止められたが依存症は治らない。断酒している事実こそ、自分がアルコール依存症の証拠なんだから。もしもアルコール依存症が完治したなら、断酒なんてする必要ないから。完治しないから断酒しているわけで。他にも、いろいろな依存癖を持って、こういうひねくれ曲がった精神を持ち、今後もし生きなければならないとすれば、どういうふうに生きようか?いつかその答えみたいなものに辿り着けることを祈り、このブログを続けてみよう。

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Author:YJ
アルコール依存とベンゾジアゼピン系薬物依存の記録。

I hope this blog is of some help to those wandering in the darkness with no way out like I used to be.

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