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精神病院に入院する前にやっておくこと

精神病院は普通の病院のように考えて入院すると、大きな間違いである。精神病院は、病院と名前はついているが、「拘束所」みたいなものである。一般の病院のように、「ゆっくり骨休めしよう」などと考えて入院するととんでもないことになる。

私は精神病院にアルコール依存症で2回、計1年近く入院していた。その経験から、精神病院に入院する前に絶対やるべきことがある。

それは、「健康診断」だ。悪いところを全て治して、万全の体制で入院するようにしている。「精神病院も一応病院なんでしょ?悪いところがあったら、ついでに治してもらえばいいのに。」と思う方もいらっしゃるかもしれない。

最初は何故か判らなかった。今でも何故か詳しくは判らないが、アルコール依存症で入院したら、私の入院した病院はそうとうのことがない限り、自主的退院はできない。自分から「退院」したいなどとぬかすようであれば、問答無用で保護室送りになる危険がある。「退院したい」は禁句というのは、入院患者の常識である。

全国的にどうかは判らないが、この病院では、具合が悪くなってもほったらかしが基本である。笑える話ではないけれど、熱が39度近くでて何日経とうが、まともな医者に見えてもらえることは期待しないほうが良い。実際に、高熱にうなされたA氏は、一週間近く放ったらかしだった。看護師にいくら訴えても無視同然で、氷枕を支給してもらった程度。しかも、しっかり氷代は徴収されていた。

「今日、(精神科)ではなくて、別の先生が診てくれます」と、A氏に看護師が伝えた。一週間も高熱が下がらずまともな対応もしてもらえないアルコール依存症のA氏は、救われたように安堵の表情を見せた。A氏はその時の診察の状況を私達に教えてくれた。

A氏:「今日、別の先生が来るからって診てもらったんですよ。すんごいおじいちゃん先生だったんですけど、なんかその先生変なんですよ。

私:「どんなふうに変だったの?」

A氏:「手がプルプル震えているんですよ。」「なんか書いている時とかは、ピタっと震えはとまるんですけど、何もしてない時は、異常にプルプルしてるんです。」

私:「あ~、その先生ねぇ」

A氏」「知っているんですか?特別に、他の病院から内科の先生を連れて来るからって聞いてたんですけど」

私:「その先生、近くの老人ホームの先生で、専門は皮膚科だよ」

A氏:ひっくり返る

こんなような状況である。A氏はその後、熱が下がったと思うとまた高熱に悩まされていた。処置らしい処置はまったくしてもらえなかった。たまにまともな内科の先生の診察もあったようだが、口の中みるのに、普通だったらベロをしゃもじみたいなもので押さえてライトでみるけど、その内科の医師は、「口開けて」で、遠くから眺めていただけだったらしい。まともな診察じゃ、ないから!

彼らにとって、アルコール依存症患者など、「死ななければ良い」程度のものだろう。死なない程度に病院内に捕まえておくのが、彼らにとって「入院させる」と同義のようだ。

A氏だけではない。私は、他にも数人の、入院中に具合が悪くなった患者を見てきたことがあるが、ロクな対応はしてもらってない。

S氏のケース。夜中、S氏は突然の腹痛に見舞われる。緊急の呼び出しで、当直の医者に来てもらった。病室での診察。S氏はお腹を押さえてのた打ち回っている。医者に症状を一生懸命伝えようとする。医者は、しばらく聞いていたが、よく判らないらしく、なんと最後には、厚さ10センチくらいある書物を持ってきて「判らない、判らない」とつぶやきながら、頭かかえていた。そんな頼りない医者の姿を見たS氏は、絶望したような顔で、お腹の痛みも麻痺してきたように見えた。その医者みたいな医者は、免許もっているかもっていないか判らないような、学生だった。

M氏のケース。M氏もお腹の痛みをある日訴えた。日々、放置されていた。ところが、M氏のお腹がまるで赤ちゃんでもいるんじゃなかろうかというくらいに大きくなり、素人目にもまずいよなぁと判る状態。それでも、それでも放置。M氏はもう涙目状態。転院をいくら訴えるが、一旦、アルコール依存症で入院したら、転院なんて言葉はないかのように無視される。

精神病院に入院したら、体の具合が悪いなんて訴えても、無視される。彼らにとって、死ななければまだ具合は大丈夫なんだろう。精神病院に入院する前には、戦場に行くと心得て、体調管理は万全の体制で入院の臨なければならない。精神病院には、医者なんていないんだから!
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開放病棟体験3時間の患者さん

初回入院時の体験。

ある日、閉鎖病棟から患者さんが一人開放へ移るという。開放にいたメンバーは、新しい仲間を迎えるべくワクワクしながら待った。お引越しさながら、衣装ケースに入った彼の荷物を、閉鎖病棟から開放病棟に運ぶ手伝いなどをする。

好奇心から、新しい仲間がどんな人柄なのか、皆興味を持ち、入院前はどんな生活をしていたのかなどという会話を入れ替わり立ち代わり交わす。

さて、ひと通り、開放病棟のメンバーと挨拶みたいな軽い会話を終えたT氏は、何を血迷ったか、詰所に一人歩み寄る。

T氏:  (詰所の小窓に向かって)あの~、すんません。
看護師: どうしたんですか?Tさん。
T氏:  あの~、家に電話したいんですけど。
看護師: 電話したらいいじゃないですか。
T氏:  電話番号忘れて、電話番号教えて下さいよ。
看護師: 電話して何話んですか?
T氏:  家に帰りたいんです。

これで、オールオーバー。全て終わり。T氏は開放病棟に出世するまで、半年以上閉鎖病棟で耐えぬいたはず。しかし、この会話で終わり。

詰所があわただしくなった。しきりに、電話を回し、誰かと話す看護師。2、3分後には、T氏のベッドがカラになる。看護師連中が今さっき運び入れたT氏の荷物を持ち去ってしまった。同時に屈強な看護師がT氏を左右両方からガードするように、連れ去った。

彼は、閉鎖病棟に戻ってしまった。たった、3時間の開放病棟病棟生活が終わった。彼はせっかく開放病棟に移ってきたのに、外は一歩も出ていなかったんじゃなかろうか?

この病院ではアルコール依存症の病識を持っていると判断される場合は、開放病棟で生活できるが、そうでない場合は閉鎖病棟だ。では、アルコール依存症の病識を持っているとはどういうことだろう。それは、自分がアルコール依存症であるととりあえず認め、この病院で治療する意思を自ら持っているということ。

とすれば、T氏の「家に帰りたいんです」という一言は、「病院にて治療する意思がありません」ということになる。したがって、即、閉鎖病棟に戻されることになる。

私も入院当初、先輩患者から入院生活に於ける注意を聞いた。その中に、「看護師や医者に、絶対に、家に帰りたいとは言ってはならない」と習ったものだ。言ったら治療意思がないと思われて、閉鎖か独房に入れられるよと。まさにその実例をT氏は身を持って示してくれた。

ちなみに彼の家は農家で、彼は仕事に行くといっては、畑にでて、畑に埋めておいた一升瓶を飲んでいたそうだ。奥さんにそれがバレて、奥さんは発狂して、この精神病院に送られたらしい。人生いろいろあるもんだ。

ステータスの缶ピースの空き缶

初回のアルコール依存症での入院でのこと。缶ピースの空き缶を所有している患者は、ちょっとステータスを感じることができる話。

集合病棟に入院する。各病室は禁煙。喫煙ルームは別にある。タバコとライターは一箱ぶんのみを朝9時頃に配布。夜9時の就寝時に、回収される。

入院からひと月も過ぎると、徐々にこすい考えも出てきて、隠しライターやら隠しタバコを持つ余裕も出てくる。もちろん、見つかると閉鎖送りになるかそれ相応の罰則を受けるので、隠し場所には注意が必要である。

さて、缶ピースの缶だが、ベッドの隅に置いておき、夜中にタバコ吸う時の灰皿として使用する。この即席灰皿はとても良くできており、蓋を閉めるとあっいう間に火が消える。もちろん、底に1センチほどの水を入れてあるのは言うまでもない。

夜中の看護師の巡回は、一時間毎。しかし、毎時ゼロ分と決まっている訳ではない。また、巡回間隔も当直の看護師の都合で1時間とは限らない。看護師に見つからないように、タバコを吸うタイミングは、巡回の直後がベスト。

夜中に起きる。起きて何時何分だろうが、まず巡回まで待つ。遠くから「カシャン」と鉄の扉が開く音が聞こえる。足音とともに、ぼんやりとした懐中電灯の光が近づいてくる。部屋の天井を照らす懐中電灯の光。看護師が部屋に入ってきる。懐中電灯は、開放病棟の場合は、天井に向け、直接寝ている患者の顔を照らすことはない。閉鎖の場合は、確実に患者が寝ていることを確かめるため、顔を照射するそうと閉鎖上がりの患者から聞いたことがある。

看護師の足が遠ざかる。病棟の最後の病室の見回りを終え、別の出入り口の鉄の扉を閉める。その後、カシャカシャカシャと鍵を閉める音を確認する。ちなみにこの当時のこの病院は、出入り口は2重の扉でガードされていた。普通のサッシみたいな扉と、もう一つは暴れた患者が蹴ってもビクともしないような鉄の扉。

看護師が、病棟から去っていくと、どこからともなく、「シュッ、シュッ」と音が、また、ほのかな明かりが病室にあふれる。そう、患者が、タバコに火をつけはじめたのだ。私も、汚い備え付けの戸棚の奥に隠してある「わかば」とライターを取り出し火をつける。しかし、油断は禁物。看護師の巡回は、気まぐれだ。今、出ていったと思った看護師が、何かの拍子に突然戻って来ることだってあるのだから。

注意深く、辺りを用心しながら、深く煙を吸う。煙を吐く場所にも注意しなければならない。対面に別の病棟がある。閉鎖病棟。閉鎖病棟の患者は、開放病棟の患者をねたんでいる。彼らは、夜中に開放病棟から白く流れる筋が煙と知っている。これをチクれば、開放病棟からまた一人引きずり下ろすことができるかもしれないのだ。ライターで火をつける時も、なるべく壁際の低い位置で、明かりが周りに見えないようにしなければならない。煙を吐く位置にも注意して、夜中のタバコを楽しむ。

もし、不意を付かれて、看護師がUターンしてきても、缶ピーの空き缶があれば、なんとかなる。即、タバコを缶に入れて火を消し、蓋を閉める。看護師は、当然、誰かがタバコを吸っていたとは判る。部屋が煙で真っ白なんだから。しかし、現行犯でなければ、捕まることはできない。看護師は、引き下がって帰っていく。こういう夜は、次の日のガサ入れに注意して、さらにタバコとライターの隠し場所を変えておく。

缶ピースの空き缶を持っている患者は、それが、ステータスなのだ。精神病院では、外ではゴミで何の価値もないようなものでも、価値を持ってくる。制限されている、ただ飯くって息して「生きる」ことだけが許されているような環境では、どんなものでも無駄ということはないようだ。

脳の中で線香花火

ベンゾジアゼピンの離脱禁断は、どんなものが来るか予測できない。えっ?こんなものまで出るの?という症状が出るのだがけど、今日は、比較的判りやすい症例。

脳の中で、線香花火みたいなものがシュパパッ、シュパッっはじく。実際に目に線香花火みたいな光が見えるわけではない。あくまで脳の中でシュパッ、シュパッっと音がする。音と同時に、頭から顔の神経に広がる。不快なわけではなく、ややもすると気持ちよく感じることもある。

もちろん、シュパッ、シュパッのペースは自分でコントロールできるものではなく、それはシャックリのペースと同じ。だいたいが、2回連続でシュパッ、シュパッと来て、しばらく止み、またシュパッと不定期に起こる。まるで脳の中に電極を突っ込まれて、それを不定期に通電したような感じだろうか?

こんな症状が出ても、治療中の人は自分の症状を医者に上手に伝えられないと思うので、大変だと思う。医者に、「脳の中で線香花火がフラッシュするんですよ」と言っても、言われた医者もよく判らないのではないだあろうか。

しかし、こんな症状は訳の判らない症状の1つであって、その他の訳の判らない症状と合体してやってくる。なんとなく共通していると思われるのは、感覚器官に作用するということだろう。聴覚も、聞こえなくて良い音がやたら目立って聞こえる。例えば、時計のチック・タック。日頃はチック・タックなんていう音は聞こえていても無視できるはず。しかし、一旦チック・タックが気になりだすと、だんだんだんだんチック・タックが増幅して響きだす。それは、とてもひどくて、音が歪んで聞こえるという表現がピッタリかもしれない。

視覚もおかしくなる。熱されたアスファルトの表面を見ているように、周りの光景がゆらりゆらりとゆがんで見える。目がイカれているのか、脳の感覚がイカれているのか判らない。そのままユラユラと見えるのがヒドくなって倒れてくれればよいのだが、気合ぢゃと気を張ると数秒間はしっかりしてもいれれる。どうも中途半端である。

この程度の症状は、まだまだ初期症状で、気が狂うといったものではないが、気持ち悪くて気持ち悪くて仕方がない。このヘンテコリンな口で上手に説明できない症状が、なおさら、この系統の薬の離脱禁断を困ったものにしているのだろう。

アルコールが切れたのなら、発汗して頭が熱くなり、熱っぽく感じ、手が震えだして、そこから体も震えてくる。さらに飲まないでいると中には幻覚みたりする人もいるだろう。幻覚は、目を開けて見るものもあるが、目を閉じてみるものもある。目を開けて幻覚見て、目を閉じても幻覚みたらそれはそれでたまらない。ただ、アルコールの場合は、相場がだいたいそんなもんである。だいたい、予想できる症状だから、前もって心の準備しておけば対抗にはそれほど困らない。最低、焦って怖くなるということはない。その、症状だけに集中して対応するだけでよいのだから。

ところが、ベンゾジアゼピンの離脱禁断は、まるで真っ暗闇の中を手探りで歩んでいるがごとく、次に何に手を触れるか判らないという恐怖と戦わなければならないので厄介だ。闇の中を手探りで、その先にはカミソリが待ち構えているのか、それともヤケドをするような熱い何かなのか、触ってみないと判らない。そういう危険に合わないように手探りで先を探しながら歩くなどと調子良くは行かない。というのは、手探りで何かに当たったら、もしそれがカミソリだったら、その瞬間に手を切られているから。

脳の中で線香花火。シュパッ、シュパッ。それはこれから長く長く続く、地獄へのプレリュードなのかもしれない。

酒のない人生なんて何が楽しいの?

アルコール依存症の治療前、もしくは治療初期の方々は、断酒している先輩がたを見て、何が楽しくて断酒しているのか理解できないと思う。酒を止めて人生の楽しみは全くないはずなのに、よく生きていられると不思議に思うかもしれない。もしかしたら、死ぬ勇気はないから、惰性だけでフラフラと生きているだけなのかなぁと想像している人も多いと思う。

私は一人の個人だから全ての断酒している人たちの本心は判らないが、私自身の経験を振り返って、上記の疑問ついて書いてみようと思う。

何が楽しく断酒しているのか?はっきり言って、何もたのしくありません!何も楽しくありませんよ、だって私から酒をとったら何もないんだから。生きている目的は、死ぬまでに酒以外の楽しみを見つけるために生きているということです。私が何故断酒しているか知っていますか?それは、当然ながら、私はアルコール依存症だからです。アルコール依存症は寛解すれど、完治せず。不治の病です。生きている限り治療は続きます。治療とは、すなわち断酒。死ぬまでアル中は治らないのだから、死ぬまでアルコール飲みたいと思うのは、ごくごく自然なのです。1年断酒すれば、3年断酒すれば、酒以外の楽しみを見つけて楽しく生きられるなんて妄想に過ぎないと私は思う。断酒の会合などでは、酒以外の楽しみを見つけて充実した人生を送っていますなんて言う人もいるけれど、あれは、そういう会合の席用のスピーチ用原稿を読んでいるだけじゃないのか。皆、心の底をのぞいてみたら、酒飲みてぇなぁと思っているはず。ただ、それを言っちゃまずいから、大人なんだよね。

これで、終わったらこの項ちょっとまずい。

私は断酒してからも、断酒初心者のように、「断酒している他の人達は何が楽しいのだろう」と思っていた。自分も断酒しているくせに、自分ではその答えが相変わらず「酒以外の楽しみを見つけること」であり、その答えはまだ見つかっていなかった。断酒してから1年、2年、3年と過ぎ、飲まないことはそれほど苦痛ではなくなったし飲まない自分が普通に思えるようにもなってはいたが、やはり、心は満たされてはいなかったと思う。おそらくその状態のまま、10年断酒したとしても、あまり変わらなかったのではないだろうかと、今思える。

断酒して5年が過ぎたある日、基本バカな私は、「酒を1滴でも飲んだら、アル中が再発すると言うけれど、本当にそうだろうか?通常飲酒できないものだろうか?」という考えがふと頭によぎり、ちょっと飲んでみた。これは決して、飲酒欲求から飲んだわけではない。確かに酒はずっと飲みたいと思って断酒していたけれど、5年も止めれば、そうそう飲酒欲求が表立ってわくわけではない。純粋に、アル中再発するかどうか、もしくは通常飲酒できるかどうか、あと、5年酒を止めて酒の味は変わったか」を研究したいという好奇心からの飲酒である。

飲んだ。

不思議なことに、あれほど好きだった芋焼酎を飲めなくなっていた。ビールもそれほど美味くない。あれれ、これはマズイことになったと困ってしまい、ウィスキーをそのまま飲んだ。良かった、美味かった。味覚はだいぶ変わったようだが、酒は受け付ける。

そして。ひと月も経たないうちに、私は再入院してした(飲んだのが直接の原因じゃないけど、割愛)。なんてどアホウなんだろうと笑うしかないが、5年断酒してもやっぱりアル中に違いなかった。

半年後、退院した。入院中にいろいろお酒について考えた。アルコール依存症の根本的治療は、酒を止める以外にないものだろうか?自分はアル中なんだから、医者より、現場に即したもっとスマートな方法はないものかとか、考えなくてもよいことを考えてしまった。単にヒマだったからかもしれない。私が考えたことは、医者は短絡的にアル中は酒を飲むなというけれど、それは本当の根本的治療になっていないのではないか?だって酒を止めても酒飲みたいという気持ちは消えないし。アル中の究極の治療は、通常飲酒できるようになることではないかと思うに至った。もちろん、2度目の入院期間中に通常飲酒を試すことはできない。もし、そのようなことが発覚したら、精神病院からいつ出れるか目処もつかなくなってしまう。ここは大人しくしないとと、素直に退院を待った。

退院した日に早速飲んでみた。今回は、通常飲酒を目指して飲んだ。飲み始めて、2週間ぐあいはいい具合にいけた。俺ってやればできる?と、ちょっと嬉しくなった時期でもある。しかし、当然ながら、そんな時は長くは続かない。なんつっても無職だし、朝からちょっとだけと飲み始めるようになった。この後は、想像どおりである。通常飲酒はできないと判った。私は人からいろいろ言われても、自分で実践してみないと理解できない性格である。バカと呼ばれてもいい。それで判ればそれで良い。ただ、こういうことを試すのはリスクは大きすぎリのでおすすめはできない。

負ったリスクは大きかったが、得たものも大きかった。通常飲酒はできないと、判ったら、なんと自分でもビックリだけど、また断酒を始めたのである。酒のんで良いことはないとわかっちゃいたけど、飲んでみたらやっぱり良いことはなかった。だから断酒しようと思って断酒。

このあとの断酒の気分は、最初の5年間の断酒となんか違う。これを言葉で表すのはとても難しい。今は「酒を断っての幸せは何か?」とか「何故断酒するのか?」とかなんかそーゆーのもうどうでも良いんだよね。考えるのに飽きたというか興味がなくなったというか。酒に囚われなくなったと言ってもいいのかもしれない。断酒していても「飲みたい」と思っている頃は、まだまだ酒に囚われている時期なのかもしれない。私は、最初の5年間は断酒こそしていたが、酒に囚われていた。断酒している自分をことさら偉そうに思っていたのかもしれない。今は、断酒してるからどうのこうのとか、どーでもいいって感じで、飲まない自分が普通だとか自然だとか、そんなのもどーでも良くて、そんなの考えても価値がないというか興味も無くなってしまった。良い意味のあきらめなのかな。

正直、酒を止めてから、これほど酒に囚われなくなったことが不思議でしょうがない。このブログを書こうと思ったきっかけも、こういう気分を忘れないように記していたいと思ったことが1つの理由。ま、そういう心持ちになったことを書くこと自体がまだ酒に囚われているんじゃという批判もあるかもしれないが、そんな批判に言い争う気も全くなく、そうかもね~と流すゆとりがあるみたい。だってどーでもいいんだから。

私が判っていること。酒飲んでも良いことは全くない。私は通常飲酒はできない。それだけである。酒なしの人生が楽しいか?という質問に、今は「その質問には、興味がないから、どう答えていいか判らない」が本音。例えば、普通の人間に、「水洗トイレで流れていくウンコの気持ちになって考えてみろ!」なんて言われても、「はぁ~」となるようなもの。酒がどうだとかこうだとか言われても、あんまりピンとこなくなっちゃった。

断酒している人が100人いたら、100通りの断酒があると思う。100通り、どれでも正解だけど、どうせなら気持ちをラクに断酒したほうがいい。毎日毎日「今日一日飲まない。感謝!!」とかキバルのもいいんだけど、酒のことをすっかり忘れて過ごしたほうがラクだと思うのは私だけだろうか?

私が何故こんな気持で日々過ごせているのか、それは私にも判らない。そう思えるようは一定の期間が私には必要だった、そしてその時間が過ぎたからなのか、それとも、自分で通常飲酒をできるように努力して、やっぱりダメで、もうあきらめて疲れ果ててしまったのか。

断酒していても、酒の囚われた断酒は疲れる。どうせ断酒するなら、心を酒から開放していたい。今日も1日断酒しようと思い断酒するよりも、断酒していることを忘れてしまって、気がついたら飲んでいないなぁ、と思える断酒が心地良い。もしかしたら、視点が変わったのかな。酒のない世の中なんて、酒のない人生なんて、何の楽しみもないと思っていたのも事実だし、今でもその当時の気持ちを思いだそうとすると、もちろん思い出すことができる。そのように思っていた自分も、今と変わらぬ私に違いないのだから。私がそう思っていたのだから。そういうふうに思っていた自分は、コインの表だけをみてコインの裏側の存在を知らなかったのかもしれない。子供が海外の話を現実的に自分のことと捉えられなくて夢物語のように聞いているのと同じように、酒以外のことに目を向けるゆとりがなければ、見ることもできない。多分、そういうことだろう。

酒を止めて楽しい人生なんてどこにある!と思っているアル中の皆さん、いつかは、酒のない人生が楽しく思える時がくるかもしれません。なんて偉そうなこと書いていますが、当然、そんな私も、これだけは譲れないことがあります。死ぬまえには、飲みたい!!

だって私はアル中だから、当然でしょ!!

全てはアルコールのために

人は時に何故生きているのか、人生とは何か、仕事とは何か、などと哲学的思考をすることがある。我々アル中はあんまりそんな高級な思考をすることはないけれど、一般の人が問われると答えに窮するような、人生哲学的質問には、即座に答えることができるだろう。

■あなたは何のために生きているのか?

 酒飲むために決まっているでしょ!

■あなたは何のために仕事しているの?

 酒買うために決まっているでしょ!

■あなたにとって人生の最高の幸せとは何か?

 酒以外にありません。

■あたなの社会における存在意義は?

 お酒さまに飲まれるためです!

私の人生は酒中心に回っている。自己中心、酒中心。アル中は、朝おきたその瞬間から、もう飲むことを考える。一日、仕事しながらでも、楽しみな時間を心待ちにして過ごす。生きている時間を、2つに分ける。辛い時間と楽しい時間。辛い時間は、酒飲む時間以外の時間。楽しい時間は、酒飲む時間。楽しい時間を得るために、辛い時間も我慢してこらえる。だいたいのアル中の気持ちはこんな感じじゃなかろうか?

アル中にとって、酒は酔うための道具以外の何のもでもない。アル中にとって、お酒の席での会話なんてどうでも良い。酔えればよいのだ。アル中には、一般人の感覚は通用しない。日頃は酒を飲まないが、友人、知人、同僚とストレスなく語らうために多少のアルコールを嗜む人も多い。アル中は、酒と会話するので、友人、知人、同僚など酒の席に必要ないのだ。

仕事を終えて、同僚と居酒屋に。「まずは、ビールでいいかい?」一人が周りに問いかける。アル中は、思う。馬鹿じゃなかかろうか。馬のションベンみたいなもの飲んで、何が酔えるんだ。飲むのだったら、最初から芋焼酎をのまんかい!明日があるから、今日はこの辺でと、切り上げるサラリーマンがいる。馬鹿じゃない?一旦飲んだら、もう明日はないのだから、死ぬまで飲めばいいのに。今日はこの辺でとか、理解できない。

電車に乗る。空いている。くたびれたサラリーマン風のおじさんが、おつまみと発泡酒を飲んでいる。たまにこんな光景に出くわすことがある。アル中は思う。馬鹿じゃないのこのおじさん。なに発泡酒なんて飲んでんだよ。電車で飲むなら、ターキーをビンごと口に流しこむだろ?だいたい、ツマミなんて余計なもの胃にいれたら、酔が浅くなるから。捨てっしまえ。

「私は酒の魔力に囚われ自力ではどうにもならなかったことを認めます」ある地方の断酒会で唱和する冒頭の文言である。いつから、酒に囚われたのか。若いころ、あんなに苦くてうまくなかったビール。口が焼けるほど、辛いと思ったウィスキー。美味そうな顔をして飲んでいる親父のことが信じられなかった焼酎。いつから、それが変わったのか。昔は、一人では飲まなかった。酒は仲間と語らうための脇役だったのに。

今、壁に向かって一人飲む。今日は焼酎。手元にはお湯を継ぎ足す電気ポットと一升瓶。コップはない。味噌汁をのむ木製の茶碗。壁に向かい、何を思うか、ひたすら飲む。黙って飲む。飲んで飲んで、ひっくり返るまで飲む。明日は来なくても構わない。どうせ、来るんだからか。いつものことだ。ひっくり返って、気がついたらだいたいは朝になっているからね。

アル中にとって、生活の中心は酒。喜びは仕事の成功ではない。仕事の昇進ではない。家族との時間でもない。子供の成長でもない。アル中にとっての喜びは酒をのみ酔うこと以外に何もない。アル中にとって自分を理解してくれる仲間は酔った時に現れる別人格の自分。誰も自分を理解してくれない。昼間の自分は、別の自分かもしれない。本当の自分は、酒の中に在る。だから、そこに辿り着くために、居心地のよい別の世界に辿り着くために、一刻も早く、酔わなければならない。僕は、そこでしか生きられないのだから。僕はその世界が好きだから。だから、飲む。

アル中から酒をとったら、何も残らない。アル中にとって断酒宣言は、死刑と同じ。この世から、楽しみという楽しみは姿を消してしまう。どうやったら、前向きに生きられよう。無理だから。ソーシャルワーカーは、家族の笑顔、子供の成長があるじゃないですか。と、クソのようなことをいいやがる。こいつなんにもわかっちゃいない。

アルコールに人生を賭けてまで真剣になれることはどういうことだろう。アル中は不思議に思う。どうして他の周りの人は、俺みたいにアルコール好きじゃないの?あいつら、感覚が俺と違うんじゃなかろうか?週に2日休肝日つくるのがどうして平気でできるの?休肝日なんて、なんの楽しみもない、ただ苦痛の24時間に過ぎないのにね。

アル中は、健常者には理解できない、酒に対する特殊な感覚を持っているように思う。このような感覚は、アル中と呼ばれる人々が生まれ持った感覚ではない。何かしらの条件が合致して、後天的にアル中がアル中たるべくして育てた感覚に違いない。一人で壁に向かって飲んでいるうちは良い。誰にも害にならないから。一人で壁に向かって一生いられたらいいのに。そしたら、周りからはただの大酒のみと呼ばれる程度だろう。

常識と理性の一線をいつか越える日がくる。酒飲んで寝た。夜中起きる。時計を見ると夜中1時。まだこんな時間か、ションベンして寝直すか。彼は、正常だ。時計を見る。夜中1時。まだこんな時間か、もうけたような気分だな、もう一杯飲むか。彼は、ちょっとやばい。一旦寝たのに、再度起きた時、また飲むか飲まないのか、その判断基準となる時間が、年月と共に、遅くなる。朝4時で、もう一杯という輩は、近いうちに閉鎖病棟がまっているだろう。壁に向かって飲むだけでは済まなくなるステージに差し掛かってくる。

壁に向かって飲むだけの幸せな日々に帰りたい。つーか、壁に向かって一人で飲んでるあなたは、既にノンストップの閉鎖病棟行きに特急列車に乗っているんだけど。アルコールは巧妙に、ひっそりと、しかし確実に私を捉えて離すことはなかった。

眠剤のネーミング

サイレース、ハルシオン、マイスリー、それぞれの製薬メーカーが工夫していかにも効きそうなネーミングを考案されている。でも、どうしてカタカナのネーミングが多いのだろうか。ここは日本なんだから、もっと効きそうネーミングを考案したらどうだろう?そこで私が考えてみた。

  以下、眠剤のネーミング案

○「逝ってらっしゃい」 - (怖くて飲めないよ)
○「お休みなさい」 - (まんま)
○「お陀仏」 - (飲む勇気がでません)
○「さようなら」 - (洒落にならんて)
○「起きるも八卦」 - (サイコロ状の錠剤だともっと良い)
○「ぶっちぎり」 - (何をぶっちぎるのか?)
○「ストン」 - (寝付きよさそう)

  横文字の少し考えた

○「ネバーカムバック」 - (これも飲むのに勇気がいるなぁ)
○「グッドラック」 - (寝るのがバクチだね)

こんな会話が交わされるかもしれない。

『俺さ、昨日全然眠くなかったから、「お陀仏」2錠と「ネバーカムバック」3錠飲んでようやく寝れたよ。』
『ちっ、さっき「起きるも八卦」飲んだばっかりなのに、もう目が覚めたよ』

すごい迫力のある会話になる。まるで脱法ドラッグでもやっているかのよう。

で、今、ちょっとググってみた。面白い薬の名前ないかなぁと思って。
■ドリエル 市販薬(dream wellから?)
■グッドミン (good 眠)
■ネルボン (ボンと寝る)
■ミンザイン (眠剤)

それぞれ頑張って付けたと思うけど、インパクトに欠ける。ぜひ、勇気をもって、思い切ったネーミングを付けて欲しい。それで、売上が全然違うと思います!!

眠りのタイプ

眠剤を飲んでの眠りと普通の自然な眠りは、違うらしい。私は医者でも研究者でもないので、専門的なことは判らないが、日頃思うことを少しばかり書いてみる。

正直、体感としては、違いは判らない。「今日は眠剤飲んで寝たから眠りが浅かったなぁ」とか感じたこともない。眠剤飲んで寝ても、自然に寝ても、もともとグッスリと寝るタイプではないから、いずれにせよ、深く寝たという気にはならない。識者のウェブを見ていると、いろいろ違いはあるらしいが、私にはピンとこない。だが、素人の私なりに、気づいた点がいくつかある。

1)眠剤飲んで寝て、寝ションベンをしたことがある。2回。一回目の寝ションベンは初めてサイレースを服用した時。寝ションベンする瞬間は、半分覚醒していたような。それが、夢なのか、現実なのか判らなかった。ションベンするという実感はあったが、夢なのかもしれないし、現実だとしてもまぁいいや、という感じ。私は、通常寝ションベンはしない。もちろん、普通の睡眠では、寝ぼけてションベンしそうになっても、「まぁいいや」なんて思うことはまずない。必ず、トイレに行く。でも、この夜は、違った。自分が起きているのか寝ているのか判らないという不思議な気分。多分、寝ていたのだろう。サイレースによって、「羞恥心」が消えてしまったのかもしれない。私が眠剤の眠りと自然睡眠との違いで判ることが、寝ションベンするかしないかだけとは、ちょっと恥ずかしい。

2)眠剤での寝方は自然睡眠と違う。寝る瞬間のこと。これはよく違いが判る。眠剤の場合は、寝るというよりも「落ちる」。ある日、眠剤飲んで寝て、次の日起きてみると、携帯メールに送信する文章を書く途中だった。びっくりした。寝ションベンよりびっくりした。その書きかけの文章を見てみると、まさに文章の途中のその瞬間まで覚えているのに。その瞬間落ちたんだ!唖然。眠剤で寝るようになって、携帯メールの途中で、ストンと落ちることはたびたび起こるようになった。これは明らかに自然睡眠とは違う。自然睡眠の場合は、キリのいいところで寝ようとするし、当然、実際にそうできる(途中で落ちることはない)。眠剤飲んだら余計なことをせずにさっさとお布団に行きましょうと注意書きにあるが、これは正しいと実感。だって眠剤飲んだら、眠気来なくても、ピンピンしててもいつ落ちるか判らない状態だから。さすがに寝る気が全くない昼間とかに眠剤飲んで、ストンと落ちたことはない。でも、一応寝ようかなと思って眠剤飲んだら、その瞬間からいつ落ちてもおかしくないわけで、落ちてもいいようにちゃんとお布団に体を沈めておくことは大切だと思う。眠剤恐るべし。


3)私ではないが、友人の場合。この友人は眠剤にあまり免疫がない。私より長い期間眠剤飲んでいる。でも量は常用量。彼を観察していると、眠剤を服用後すぐにロレツが怪しくなる。眠剤が効いてきたんだなぁとよくわかる。判りやすい奴だ。単純な奴だ。私がロレツが回らなくなるのは、常用量では決して起こらない。ハルシオンでいうと銀を5個ぐらいいくとロレツが怪しくなる。でもこの友人はハルシオン1個で十分。ロレツが回らなくなって5分もすると、座ったまま落ちている。もう「考える人」のポーズのまま寝ている。通常、考える人のポーズで居眠りすることはあっても、それが本格的な一日の終わりの睡眠のための姿勢なんて私にはありえない。でもこの友人はそれが毎度のこと。さらに、この友人、家の畳にたくさんの焦げがある。そう、くわえタバコしたまま落ちてしまう。私も数回、彼の口からタバコを離してやったことがある。マジ危ないから。

彼も次の日に畳に焦げたタバコを幾度となく目にして、さすがにまずいと思ったのだろう。眠剤飲んだらタバコを吸わないようにしているようだ。彼の場合は、眠剤飲んだらすぐベッドにいくでは甘い。ベッドに行ってから眠剤飲むが正しい。だって眠剤飲んでベッドにいくとしても、ベッドに辿り着くまでに、落ちる恐れがあるからね。そうそう、精神病院に入院している時、薬をまともに飲まない患者は、しっかり飲んでかどうかの確認のため、食後、食堂で薬の服用確認させられていた。看護師の目の前でゴックンさせられる。食堂で服用した患者は、よく自分の部屋までたどり着かず、途中の廊下で倒れて寝ていた。全く、一体どんな薬を飲まされていたのか。


3)お酒と眠剤。危険危険危険。止めましょう。すっ飛びます。クセになる前に止めましょう。眠りが深すぎて、戻って来れなくなります。これやると記憶なくなる。ブラックアウト。アル中の自覚が無いころ、人に勧められて精神科に通院した頃、今思うととても良い先生だったんだけど、1つ気になることを思い出す。この先生、セルシンとかソラナックス処方してくれたんだけど、お酒止めるとも先生にまだ言ってなかったし、控えるようにしますっていう段階で。まだ、酒止める気がなく、控えないといけないなぁと(建前だけで)思っている状態で、安定剤の処方がちょっと問題があるかも。もちろん、お酒と一緒に飲んだらダメよとは言われるけど、どれくらいダメかは言われない。絶対、絶対、ダメと釘ささないとダメだと思う。つーか、そういうふうに言われると、酒のみたいから薬飲まないだろうけど。どっちか選べって言われたら、この段階では当然アルコール選ぶだろうから。本人が自覚ないうちに、よく知らないうちに、酒と一緒にソラナックスを口に放り込んでしまうことも起こる。すると覚えちゃうんだよね。通常の酔とは別物だから。危険だよなぁ。

タバコをやめた時のこと

私は現在はタバコを吸っている。タバコは高校生の頃から吸い始めて、もう30年くらいは吸っているだろうか?それでも過去に一回だけ禁煙したことがある。2年間ほど止めていた。

私は肺があまり強くない。家系を見ても親父は肺ガンで死んでいるし。若い頃には、「気胸」で手術もした。手術といっても、内視鏡で穴を数カ所開けるやつだったけど。医者は小さい穴をピピっとあけるだけだから、ぜんぜん痛くないですよって言ってたけど、いやいや死ぬほど痛かった。最近の気胸の手術は、進化したらしく、そんなに痛くないらしい。そう、息子も気胸になった。あいつは手術するほどひどくはなく、数日の入院ですんだけど。

35歳の頃、ひどい肺炎もしたことがある。あれもきつかった。すごい熱がでて、座っていることもままならず寝ていてもきつくてきつくて救急車を呼ぶ一歩手前。泣きそうだった。

42歳のころ、一日中痰が出た。ティッシュを一日に一箱ぶん使う。痰が止まらない。近所の医者に行って診てもらうと「異型細胞」が見つかりましたと。でもその医者のことあんまり信用できなかったから、レントゲンの写真借りて別の医者にもコッソリ診てもらった。そこでは一気に息を吐く検査などをして、「あなたの肺機能は60歳ですよ」となおさらショッキングなことを告げられた。

大きな病院で肺の輪切りにする検査なども受け、結局、「肺気腫」ですと。このままタバコ吸い続けると、そのうち酸素ボンベ背負っての生活になりますよ。ちょうどこの頃、娘が妻のお腹にいたのかな、娘のためにも禁煙するかと決意した。今でもそうだけど、その頃も禁煙ブーム。周りにたくさん禁煙に挑戦して成功しているやつや失敗しているやつがいた。私は、よっし、アルコールを止められたアル中が禁煙に挑戦しますよっていうノリで禁煙に挑戦することにした。

いろいろな禁煙マニュアルが氾濫しているけど、禁煙など気合だけで十分じゃなかろうかと、気をお腹に貯めて禁煙スタートの日にいどんだ。ところが、ストック買いをしておいたタバコが棚にあと3カートンも積んであるではないか。今止めてしまったら、その3カートンが無駄になる。お金を無駄にするのは良くないので、3カートンを吸い終わってから禁煙することにした。でも、禁煙スタート日を遅らせるのもシャクに触るので、一日で3カートン消化することに。

決めてから、早速、前代未聞のチェーンスモークに挑戦。3カートンと言えば、600本である。これは一日で吸えと言われても、結構つらい。それでも決めた以上は、やり抜くしかない。口の中が変な味がしてこようが、煙にむせようが、気持ち悪くなろうが、とにかく吸い続ける。最後の一本までとても長い道のりに感じたことを覚えている。

最後の一本を吸い終わり、使用していたガラスの灰皿をハンマーで叩き割り、禁煙を開始。禁煙開始から2日くらいたったのだろうか、肺の前部に異常を感じた。とにかく痛いのである。そりゃも痛いっていうもんじゃなく、肺を針で10ヶ所くらい同時に刺されているんじゃなかろうかという痛み。のたうちまわりながら、大きな病院に転がりこんだ。レントゲンとったら、肺の上部から下部に白い筋みたいなものが見えた。「胸膜炎です。入院して下さい。」先生は原因をいろいろと考えながらお話してくれた。でも、実は数日前にタバコを600本吸ったんですけどなんて、バカとしか思われないだろうから、言えるはずがない。そんなん吸ったら、肺もビックリして異常をきたすに決まっているし。

言われるがままに入院。さて、入院して困ったことが起こった。入院にあたり、今服用している薬はと問われ、安定剤と睡眠導入剤を告げると、何と、全て差し出して下さいと。えっ?まずいよ。これはまずい。とりあえず、怪しまれない分量だけ差し出して、朝昼晩のスケジュールに従って服用することにした。当時も既に結構なオーバードーズだったから、いきなりの減薬したことになり、体が変調をきたす。ものすごい頭痛に襲われ、自分では絶対これ離脱だよなぁと判っていながらも、病院には正直に話せるわけでもなしに、頭痛に効く筋肉注射を打たれた。こんなもの打たなくても、ハルシオン一個口に放り込めば頭痛なんてすぐ止まるのにと思いながら。

それかれあの入院期間は、離脱との戦いだった。幸い、外出は自由に許可してもらったので、タクシーで毎日自宅まで帰り、ベンゾチアゼピンを服用し、なんとか苦しさを凌いだ。さすがにストックを入院している病院に持ち込む勇気はなかったし。この後も、入院している病院といろいろ問題はあったのだけど、胸膜炎が完治する前に、こんな窮屈な生活はもうイヤだと、勝手に帰ることにした。主治医の先生慌ててた。だって、いきなり、「先生、俺、帰る」と勝手に支度し始めたんだから。今思うと、悪いことしたと思う。

さてそれから、2年の月日が流れ、禁煙継続できていた。ある日、知り合いのアル中が別の病気で精神病院に入院することになったと連絡があった。もう、入院しているんだけど、タバコを送ってくれないかだって。ついでにタスポをつくって、それも送れと。判りましたとさっそくタバコをコンビニに買いにいったら、2年ぶりに1本すってみようかなぁと悪魔のささやきが。

1本吸っても、それで、どうのこうのなるわけじゃない。1本すっても、それでタバコがスタートするわけじゃない。でも結果、この1本が再喫煙のきっかけになったことには違いなかった。1本すっても、吸いたいとは思わない。でも、1本吸ってしまったら、次の1本が1週間後か2週間後か、いつになるかわからないけど、やってくる可能性が生まれてしまう。実際にやってきたし。2本目を吸ったら、やはり、その後、いつかわからないけど、3本目を吸う可能性が生まれる。こないかもしれないし、くるかもしれない。でも、2本目がなければ、3本目は絶対に来ない。2本目を吸ってしまった以上、3本目の可能性はゼロではない。3本目、吸っちゃったし。こうやって一箱すったら、もうダメだ。こうやって再喫煙するわけだ。

酒のケースと同じだね。最初のコップ一杯が全てということ。最初の一杯で、終わり。タバコも同じ。あーぁ、せっかく禁煙したのに。再喫煙してから、3年が経とうとしている。そろそろ、肺が壊れる前に、やめようかな。

アル中には人権なんてないんだよ

アルコール依存症で2回目の入院時の出来事。

ある日、喫煙室にてタバコをすっていた。すると最近隔離病棟から開放病棟に移ってきた若い患者さんが、隔離病棟で起こった出来事を話してくれた。

これはその若い患者さんに直接起こった出来事ではないが、隔離でちょっとした事件だったらしい。彼曰く;

「あのですね、隔離の中にある保護室で、ある患者さんがうんこしたんですよ。そしたら、紙が切れていたらしくその患者さん、通りがった看護師に紙をお願いしたらしいんですね。そしたらその看護師が、”アル中には人権なんてないんだよ、紙とか贅沢なんだよ”みたいな暴言を吐いたらしいです。その患者さんは、怒りに震え、その出来事を後日の院長診察の時に院長に話したら、院長が烈火の如く起こり、すぐその看護師を呼び出し、鬼の形相でその看護師を叱りつけたんです。ただでさえ恐い院長が”こらぁ、お前らぁ、なんちゅうことを言っとるんじゃあ”と怒鳴り散らかしその看護師は相当怒られたみたいです」

話してくれた若い患者さんは、「たまには院長も良いことしますよねっ」みたいなノリで話していた。看護師連中の日頃からアル中患者に対するナメきった態度に胸のすく思いだっただろう。また喫煙室で話を聞いていた他の患者さんたちも「その看護師ひどすぎる。院長から怒鳴られて当たり前」みたいな雰囲気で会話がはずんだ。

私は、ただその話を口を挟まず聞いていたけれど、一人違うことを思ってしまった。看護師が正しいんじゃないかなぁ?アル中に人権?そんなもんないから。

なんだかなぁ。最近の病院って変わってしまった。アルコール依存症を収容する病院は、治療施設でもあり同時に更生施設の側面も必要と思うのは私だけだろうか?アルコール依存症からの回復には、いわゆる底付きと呼ばれる体験が必要。底付きが具体的に何かということはここでは書かないけど、看護師からアル中に人権はないなどと罵倒される経験は必要かもしれないと私は思ってしまった。まぁ、これはひどすぎるから、そこまでひどい経験でなくともよいかもしれないけれど。

長い入院期間に、アルコール依存症の患者さんは自分のことを少しでも客観視できるようになることが治療の第一歩だと思う。そう思えば、看護師から、ミソクソ罵られるのも良い経験だと思うんだけど。その看護師も若かったのか知らないけど、なかなか骨のある奴だ。最近は珍しいくらい骨がある。そんな態度で接していたら、90%に近い確立であとあとボコられるから。最近はボコられるのが怖くて、逃げの看護しかできてないもんなぁ。看護師が本心からアル中に人権がないと思っていたのか、もしくはホントは愛に満ちた心で患者さんに気づいて欲しくてアル中には人権がないと言ったのか判らないけど、どっちでもいいんだけど、こういう患者をナメきった態度は、アル中の治療には役立つと思う。

だってアル中に人権なんてないから。アル中の私はそう思う。特に、治療初期のアル中なんて人権なんてないから。アル中がそんな入院施設に運ばれるケースというのはほとんどが家族が強制的に連れてくることが多い。自分から入院します!なんて手を挙げて来る人は、そうそういない。何故家族が連れてくるか?患者のことを(家族だから当然)心配してだろうか?少しはそれもあるけれど、でもそれはきれいごとかもしれない。ホントは、そのアル中を世間に出しておいたら、思いっきり迷惑なんじゃないかな。正直、刑務所でも閉鎖病棟でもどこでも入ってくれて家族の周りから消えてくれたら心の底から有り難いと思っているんじゃないかな。いやね、それくらいアル中って厄介なんです。判っていないのは、本人だけだから。

入院期間に、患者さんに気がついて欲しいことは、自分がアルコールでやってきたことを周りがどういう風に思っていたことかを、ただ常識的な範囲で理解するのではなくて、心の底から気づいて欲しい。そんな気付きが底付きにつながると思う。アルコール飲んでいた頃は、カスにミソで、ゴミで存在自体が世の中の迷惑でしたっていうくらいまずは事実をしっかりと見つめ、受け止められて、そして初めて治療ドライブがかかるものだから。よくあるグループディスカッションみたいなミーティングで皆さんが言うような、上っ面だけの反省だったら、ダメなんです。これ言っとけば、反省しているように見えるかなみたいなアレはダメなんです。

人間本当に反省する時は、ボロボロ涙ながれてくる。自分がどれだけクソのような人間だったか、その思いが魂めがけて向かってくるカメハメ波みたいな勢いだから、立ち直れないくらい打ちひしがれる。治療ドライブのかかる条件として、飲んでいた頃の自分を、冷静に客観視できないといけない。

そういう意味で、この看護師の「アル中には人権なんてないんだから、紙なんているのかよ」と言うようなすんごい暴言はなかなか素晴らしい。入院初期の患者さんは、まだまだ自己を中心に世界が回っている。人から自分がどういうふうに見られているかとか、人の立場なんて全く考えない。全てが自分中心なわけ。いや、当然、私もそうでした。

アル中に治療には、生半可な治療ではなく、荒療治みたいな治療も必要なんじゃなかろうか?だって、たかだか3ヶ月とか半年とか、ただ3食昼寝付きの入院していても、出たらすぐ飲むから。どう考えても再飲酒するから。アルコール依存を舐めんじゃないってね。そうそう簡単に酒は止まらない。

アル中から酒を本当に止めようと思えば、人格否定もアリなんて私は思う。否定して否定して否定しまくってね。どうせアル中に人格なんてないんだから!だから、それでいいじゃない。看護師からうんこしても紙もらえない経験なんて、素晴らしい経験だと思うんだけどなぁ。毎度毎度、紙もらえなかったとしたら、そのアル中の患者さんは、「あれ、俺、もしかしたら、紙ももらえないレベルの人間なの?」なんて思ってくれたら最高なんだけどね。そこから治療を受け入れるきっかけになるから。

上記の看護師さんを擁護する意見を書いたのだけれど、賛同する人は少ないと思う。でもね、これってアル中だから言えることでもあるのかしらと。アル中のことを一番理解できるのは医者でもソーシャルワーカーでもなくアル中だから。例えば、断酒1周間のアル中が「あぁ、もうキツイ、飲みたい。死ぬほど飲みたい。どうしようか」なんて相談受けたらどうします?よくわからないけど、飲んだらやっぱりまずいと思うから一応止めときます?私だったら、飲んでイカれて死ぬのも自由、キツイけど止めるのも自由、どっちでもいいと思うと答えてしまう。そこには思案なんて全くなし。それが本心だから。アル中にとって何が一番幸せか知ってます?飲んでイカれて死ぬまで飲むこと。ま、実際には、これがしぶとくなかなか死なないから困ったもんなんだけど。

アル中からみて、飲んで死んでしまったアル中は本当に幸せな人生だなぁと羨ましい。これは、本心。だってアルコールに身も心もそして魂まで売りさばいた人間が、そのアルコールで死ねるなんて、本人だけに限っていえばそりゃ幸せですよ。周りもどうせ死ぬなら周りに迷惑かけないで欲しいと思っているかもしれない。飲んで死ぬのも自由だし、つらい1週間をさらにこらえるのも自由。どうせ他人事だし。私は冷たいんだろうか。書いている本人はあまりそうは思わない。

断酒1週目なんて、そりゃ、人生お先真っ暗にしか見えない状態だし、これから先生きていても何の意味もないって思う時期。そんな状態の本人に、いくら良いこと言ったって実感として伝わるわけがない。実感として伝わるとしたら、「今をしっかり乗り越えて、体を良くしたら、もっと酒が美味くなりますね」ぐらいですよ。再度言うけどアル中のことはアル中にしか判らない。私もまだまま治療中。こういう文章みて、アル中の人がどんなことを思うかまで気が回っていないから。でも、酒害に苦しむ多くの人が、どうせ、せっかく、なんらかのきっかけで断酒を強いられることになったとしたら、そこから少しでも立ち直って欲しいとは本当に思う。断酒を強いられ、苦しい状況に置かれたのだったら、せっかくそういう状況に置かれたなら、二度と同じような状況に置かれないようになって欲しいと思うから。苦しいことを経験するのは一回でじゅうぶんだから。ねぇ、アルコール依存症と自認する皆さん、飲んで死ねたら最高じゃないですか???
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YJ

Author:YJ
アルコール依存とベンゾジアゼピン系薬物依存の記録。

I hope this blog is of some help to those wandering in the darkness with no way out like I used to be.

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