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おいしいパブロン

パブロンもおいしかった。最近でも突発的にパブロンを飲みたくなることがある。風邪気味でもないのにむりやり咳き込んだりして、「あー、ちょっと風邪ひいちゃったかなぁ」と言いながら、パブロンを飲む。その頻度が、自分でも笑えるくらい多い。一日に一箱ペースで飲んでしまう。

パブロンを一日一箱ペース飲んでいると、なんと風邪に似た症状を引き起こす。パブロンを飲みたくて、風邪を装うのだけれど、パブロンをガンガン飲み続けるとなぜか具合が悪くなってしまうのだ。

具合が悪くなって妻に、「医者に行こうかな」なんて言うと、妻は「先生に、パブロンを飲み過ぎたなんていうと馬鹿だと思われるから医者にいくの止めなさい」という返事。

果たしてパブロンには依存性物質は含まれているのだろうか?少量の水を口に含み、パブロンを一包流しこむ。しばらく口の中でパブロンを溶かす。すると、パブロン独特の香りがしてくる。それが妙に心地よい。パブロンの依存性といえば、口の中のその香り(というか味)のみだけのような気がする。

パブロンを止めたからといって、特に困るような反跳反応は感じることはない。だから、安心して大量服用してしまうというなんとも安心できるお薬だと思う。ただ市販薬につき、コストがかかって仕方がないし、市販薬をガシガシすごいペースで飲むと、素人の妻には、アホのように見えるらしい。医者でもらった薬は、自分で管理するしそれをどれだけの量、どれだけのペースで飲んでも妻に判ることはないのだが、パブロンは我が家の薬箱に入っているため、激減していると、妻にバレてしまう。

またパブロンの袋をゴミ箱に捨てる際にも気をつけなければならない。ゴミ箱の中にパブロンのカラ袋が固まっていると目立ってしょうがない。捨てるときは、複数のゴミ箱に分散するのも必要だし、カラの袋を小さく潰して捨てるというコツも必要だ。

私がベンゾジアゼピンの減薬をやっていたころ、パブロンは一役買ったものだ。ベンゾジアゼピンを飲む代わりにパブロンを飲む。要は何か飲めば、ベンゾジアゼピンを服用した気になるだろうという子供でもダマされない安易な手法だった。ベンゾジアゼピンを飲む代わりにタバコも吸ってみた。それまで止めていたタバコはお陰で見事に復活してしまったようだ。思い出せば、自分はなんてアホなことばっかりやっているんだと情けなくなる。

話をパブロンに戻そう。元気なのにパブロンを大量服用すると、風邪を引く(正確には風邪に似た症状を引き起こす)。パブロンは特別な離脱禁断はないからっといって、ガシガシ飲むことは控えるようにしたい。パブロンの記事をかいていると、ムショウにパブロンを飲みたくなった。

妻は近くにいないので、今からこっそりパブロンを飲むこととしよう!
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常用量依存を起こすことにより、患者が受診を怠らないようになる

「常用量依存を起こすことにより、患者が受診を怠らないようになる。」

物議をかもした文言です。このブログをご覧になる方は上記文言がどこからの引用かお分かりになると思う。上記文言には批判的な意見が多い。もはや犯罪的だとか、詐欺だとか。私もそのような批判的な意見には基本的には賛成している。と同時に、アルコール依存でも私には、批判ばかりもできないという気持ちもあった。

この文言に対する攻撃は他社のブログに任せておいて、アルコール依存症の立場から、メリット?も記しておこうと思う。アルコール依存症は、専門病院に数ヶ月入院して治療しても退院してしまえば再飲酒の確率は異常に高い。実際、入院していて同じ患者と接していても、「こいつ退院してもすぐ飲むだろうなぁ」という人がほとんどだし。真面目に断酒を決意して退院していく患者なんて数えるくらいだというのが現実。アルコール依存専門病棟の裏表は機会をみて別エントリーで書くことにするが、あそこは入院してみないと実態なんて知ることのできない可笑しなところだ。

さて、精神科医への集中砲火を引き起こした上記の「「常用量依存を起こすことにより、患者が受診を怠らないようになる。」という文言であるが、アルコール依存症の患者に限って言えば、「これもあり」だと思ったりする。アルコール依存症を患い、断酒継続できるということは、健常者には理解できないほどのすごいことだと思う。飲んでいないこと、それは健常者にとっては普通の屁でもないようなことに思えるのだが、アル中連中にしてみれば、5年断酒なんてオリンピックの金メダリストより賞賛されるべき人に見える。10年選手なんて、ゴッド、神様の領域。10年選手から、足の裏なめろなんて言われたら「なめさせて頂きます」の世界なんだから。

いろんな理由で、とにかく再飲酒の確率は異常に高い現実がある。病院側は退院時に断酒継続にあたり「自助グループへの参加」と「継続して病院へ通院すること」を患者に納得させることも多いと思う。さて、病院へ通院することだが、もし病院へ通院して、何の薬も処方されずただ先生と他愛のたい話をするだけだったら、あなたは通院を継続するだろうか?精神科に行く目的なんて、その9割が薬もらいに行ってるようなものではないか!交わす言葉といえば「お変わりないですか~。最近寒くなりましたね~。」などの、クソの役にも立たない会話ばかりなんだから。もちろん、精神が不安定な状態にある患者さんたちには、カウンセラーと会話するみたいなノリで、そんな会話でも十分気持ちがラクになる場合もある。しかし、残念ながら、そんな患者さんほど、精神科はウザいと思ってるだろうけど。なかなか帰りたがらないからね。

真面目な断酒継続中の「立派なアル中」はキチンと通院する。薬をもらうために!!!その薬とは、言わずと知れたしれたベンゾジアゼピン系の安定剤だったり眠剤だったりする。アル中に処方する薬が、ベンゾジアゼピン系の安定剤だというのは、ある意味確信犯だよなぁと思う。もちろん、ベンゾジアゼピン系の安定剤には、アルコールの離脱禁断症状の緩和という目的もあるし、アルコール依存症で入院した患者は、離脱なんてなかったとしても精神病院ではゆっくり枕を高くして安眠できる精神状態じゃないので、眠剤は必要だとも思う。精神病院に入院してその環境みてもうびっくりしてそれで病気になるなんて笑い話じゃないから。あそこは日本の無法地帯だし、何が正しいとか悪いとか、もう価値判断の基準をリセットしないと生きていけない世界だしね。

それで、もどって、「常用量依存を起こすことにより、患者が受診を怠らないようになる。」というトピックだけど、それはアルコール依存症患者にとっては、プラスなんじゃないかと、思う。彼らにとっては、その理由が何であろうと(医者の営利的思考の罠にはまっていようが)病院に定期的に行くということは、断酒継続する上で非常に良いことだから。もし、その病院が自分が入院していた病院だとしたら、ひと月に一回は自分の入院していた病院に足を運ぶことになる。ひと月に一回は、入院していた頃をリアルに回想する機会を得ることになる。それは、強烈に断酒ドライブを継続させる要因になる。

実際、再飲酒するアルコール依存症の患者は、ほとんどのケース、定期的な通院を止めてしまっている。逆に毎月毎月キチンキチンと通院している人でスリップしてしまったというケースはあまり聞かない。通院を止めるということは、再飲酒の前触れみたいなものである。通院継続して、ベンゾジアゼピンの常用量依存になろうが(暴言すれば)アル中再発よりは、マシなんじゃないかと私は思う。私の場合は、常用量どころか、その12~13倍の量を服用していたので偉そうなことは言えないのだけれど、常用量依存だったら、アル中再発して人生ドツボに再びのシナリオよりは、まだ許せるように思う。ベンゾジアゼピンに常用量依存しても、それ自体で、社会的不適合者の烙印を押されるわけじゃないし、多少苦しむとしても、他人には迷惑をかけることはないから。でも、アルコール依存症は、自分はもとより周りにすんごい迷惑かけてしまう。

アルコール依存症で断酒継続している者にとって、病院に毎月一回いくこと自体に大きな意味があると思う。患者がいくらどアホウでも、毎回病院に行って、何の処方もなしに先生と世間話をするだけだったら通院を止めてしまうのは目に見えている。定期的に精神科を訪れているのに何の処方がないというものあまり聞いたこともないし。病院としては、処方しているベンゾジアゼピン系の眠剤が、断酒継続中の患者に薬本来の効果があろうがなかろうが、ある種の「断酒継続の」お守り的な意味でお薬を出しているのだろう。薬を処方してもらっている以上、患者側も薬がなくなる時期が病院に通う目安にのなるし、カウンセリングだけでなく、物質的な何か(薬)をもらいにいかないとという目的がはっきりしているから、通院継続しやすいということになる。

つまり、アルコール依存症者にとって、病院に通うことが第一義に大切なのだが、診察を受けなくてもいいから毎月病院に来いと言われてもそれを守る者はいないだろう。診察するということは、病院に来院させるための、患者にとっても病院にとっても双方に都合のよい理由になるし、診察時に処方されるベンゾジアゼピンが多少なりとも依存性をもってくれていたらこれは願ったりかなったりということになる。

上記に書いたことは、決して「常用量依存を起こすことにより、患者が受診を怠らないようになる。」という文章を一般肯定するものではないが、苦笑いしながら、アル中にはメリットがあるなぁと感じた次第。本人にとってもアルコール依存症者を持つ家族にとっても、服用していて相当困った副作用がでない限りは、酒を飲んでもらうよりは薬の方がマシという意見に賛成してくれるとおもう。酒の害は判りやすいから。逆に言うと、ベンゾジアゼピンの害は判りにくい。判りにくいからたちが悪いんだけどね。

アルコール依存症の治療に、現状、ベンゾジアゼピン系の処方は欠かせないようだ。まずアルコールへの依存を薬への依存へと転換させようという考えなのかもしれない。ベンゾジアゼピンの薬害を人一倍認識している珍しい病院では、一切薬を処方せずに入院期間を過ごさせるというプログラムもあるようだ。薬に頼るようでは断酒なんぞほど遠いという考えだろうけど、それは理想を追求し過ぎた考えにも見える。何事にも転換せず、アルコールの依存を叩ききるというのは理想だけれど、そういう治療法なんて確立されてもいないのに、理想論だけ振りかざしても意味ないと思うし。病院側が主張する、各種精神療法なんて、パンフレットをみると「すごいことやってるんだ、これは効果ありそう」に見えるけど、中に入って患者の立場からみると「子供だまし」もいいところだからね。結局、アルコール依存症の病院なんて「外にいたら周りに大迷惑をかける厄介者の一時拘束施設」の域をまだまだ出ていないと正直に思ってしまう。

ベンゾジアゼピンの薬害で苦しんでいる方には、このエントリーには賛同できないと思うけど、アルコール依存症者としての立場から書いてみた。

細かいことを気にしてもやっぱり眠剤はいっしょ

ベンゾジアゼピン依存を断ち切ろうと、いろいろ考えた。戦う前に最低、敵について知る必要がある。服用している安定剤、眠剤のタイプや約力価も徹底的に頭にいれる。断薬にあたってどれから最初に切っていくべきか。また最後に残すべき薬はどれにするべきか。ベンゾジアゼピンにはまっている体をベンゾジアゼピンから離すために、一応系統が違うとされているマイスリーにすり替えてはどうかとか。

結構入念に調べて準備を完璧にした、つもり。だが、結局、何の役にも立たなかった。所詮、眠剤はどれも同じなんだよね。おそらく私の体は、長年に渡る大量服用の結果、多少なりとも脳に作用すれば全部同じものと捉えてしまっているようである。もちろん、効き方は通常服用時はそれぞれ違うと思うし、違いを体感もできる。違いが判らないようではまだまだ依存しているとは言えないだろうし。

結局最後はどの薬も一緒というのは、この薬が最後という一種類に絞り込んだ時に、初めて判る。つまりどれを最後にしようが最後の最後が切れない。減薬はそれほど難しくない。何月何日の何時何分に何をどれだけ飲んだと細かい記録をつける。そして服用の間隔を徐々にあけていく。私は几帳面な性格なので、ピルカッターなるものをアマゾンから購入して、マイスリーを8等分までカットして服用していた。8等分なんてやっちゃうと最後はボロボロの粉状態になってしまう。それをつばつけて指ですくって飲んでいた。それも、味わって。

最後をどの薬にするか?長期型が一般的にはよいとされている。メイラックスあたりを試す。徐々に服用の間隔をあけてまた種類も短期型のソラナックスやマイスリーから断薬スケジュールを立て、手持ちのストックを上手に組み合わせて少しずつ長期型に変えていく。減薬はうまくいく。心の中で、「きちんと勉強して、それぞれの薬を理解して服用すればうまくいくものだ」と多少は調子にのる。

しかし、失敗する。どうしても止められたい。失敗の状態はこのエントリーでは詳細には記述しないけど、要するに失敗する。そして、作戦を変える。今度は逆に、短期型を最後にもってくる。ソラナックスあたり。ソラナックスもピルカッターでボロボロになるまでカットし人差し指にツバつけて飲む。微量の粉末を惜しむように味わう。こんな姿、一般の人がみたら、呆れられるだろう。でもやってる本人は必死。ソラナックスでも失敗。じゃ、マイスリーを最後に持ってくるのはどうだろうと試す。マイスリーを調べると、反跳反応も低いとされている。さらに厳密にいうとマイスリーはベンゾジアゼピンではない。

まず、マイスリーのみで生活できるようになれば、マイスリーはベンゾジアゼピンではないのだから、ベンゾジアゼピンの離脱症状はおきないのではないかと甘い考えを抱く。それで、マイスリーのみの生活まではうまくいく。だが、切れない。どうしても切れない。マイスリーのみの生活をもう1周間以上送っているというのに、マイスリーは反跳反応があまりないというのに、でも切れない。教科書通りには、そうそううまくいかない。

そりゃそうだ。自分の精神、肉体がどれほど、眠剤に浸ってしまったか考えてみるといい。自分の飲み方は、異常だった。寝る前服用なんていうルールはとうの昔になくなっていた。朝起きてまずは1錠。朝のコーヒーの代わりに1錠。タバコの代わりに1錠。ことがるごとに1錠。よくよく考えると、眠剤飲んでいないときは寝ている時だけ。起きてる時間はずっと飲みっぱなしの生活。一日にどれだけ飲んでいただろう。いろんな種類の眠剤織り交ぜて、30個ぐらいは飲んでいた。ハルシオン3シート一日で飲んじゃったってこともあったかもしれない。これってよく考えたら普通の人の一月分だよね。

それくらい飲んでいたら、減薬するのも大変と思うのが当たり前。そんでうまく減薬できたら、減薬できた俺もしかしてすごい?なんて大誤解する。減薬は誰でもできる。多分。ハルシオン一日に30個飲んでいた人間でもおそらく次の日からハルシオン一日一個にできちゃう。実はこれは簡単。

最後の一個、たったの一個。これが大きい。とてつもなく大きく、越えられない。あれだけ大量に飲んでいて、それを一個まで減らすことができたのに、どうしてその一個をゼロにできないのか?要するに、飲むか飲まないか、それだけの違い。経験して初めてわかる、この大きな違い。この時に初めてわかる。どれだけ恐ろしいものに自分が捕まってしまったのか。悪魔の薬だってね。知らないうちに、肉体と精神を犯し、気がついた時には、もう戻れない。この時感じた恐怖、描写できるものじゃない。死の淵に立たされた気分だったよ。知ったかぶって、薬力価がどーだのあーだの、短期型はどれだのなんだの、屁の役にも立たない。直径3センチの鎖に、100本繋がれていようがそれがたったの1本だろうが、逃げられないことには変わらないってこと。100本の鎖で繋がれていても、悪魔さんは優しいから、鍵あけてどんどん鎖を減らしてくれる。が、最後の1本は何があっても外してくれない。悪魔さんは無情、非常、鬼。だから悪魔さんなんだけど。

最近ウェブでとても参考になる断薬マニュアルを見つけた。アシュトンマニュアル。とても参考になると思う。もっともっと知られて良い文献だと思う。その中で一箇所疑問に思うところがあった。アシュトンマニュアルでも当然徐々に減らしていく手法をとっているんだけど、最後にセルシンのちっこい玉まで追い詰めることが出来て、その状態をキープできていれば、もう気分だけの問題で、飲んでいても飲またくても大した違いじゃないんだから、思い切ってゼロにできるみたいなことが書いてある。確かにその通りかもしれない。でも、気分だけの問題というのが、思ったより大きい。メカニズムはよく分からないのだけど、たとえ気分だけの問題だけが残ったとしても、それでも、最後のセルシンをゼロにした時には、やっぱりあいつがやってくる。悪魔の離脱。結局、この薬が気分に作用する薬だから、気分だけの問題が全てなんだよね。

実際に起こるんだから。訳の判らない、離脱。本当に気分だけの問題にしてよってお願いしたくなるのに、勘弁して欲しいと思うような体の反応が起こってしまう。例えば、歯が耐えられないくらい痛くなったり。ベンゾジアゼピンと歯痛は関係ないだろ?何でこのタイミング?と言いたくなるような、摩訶不思議な不具合がでる。歯痛なんてここ10年出たことなかったのに。ベンゾジアゼピンと関係ないよねって自分に言い聞かせても、それまでに出た訳の判らない、予想を完全に裏切るような、またへんてこりん過ぎて言葉で描写することができないような離脱が起こったことを考えても、この歯痛が全く関係ないなんて、それも信じられなくなる。でも、こんなこと誰にも相談できない。誰も相手にしてくれないだろうから。

もしも、世の中にベンゾジアゼピン断薬のコーチがいたとしても、離脱で歯痛が出ましたっていったら、気が狂ったんじゃないかと思われるかも。そういえば知り合いに、すごい離脱症状でた人がいる。なんとその人、ニトラゼパム削ったら、寝小便するようになったって。腰痛持ちで、寝ションベンは腰痛が原因かもしれないと整形外科に調べてもらっても、腰が原因じゃない。じゃ、前立腺を疑って、お尻からカメラ入れて調べたらしいけど、前立腺も問題ない。寝ションベンを引き起こすようなストレスも心当たりはない。じゃ、考えられるのは、ニトラゼパムの減薬。アシュトンマニュアルに、ベンゾジアゼピン離脱症状の一例として、寝ションベンも加えて貰わないといけない。いや、マジで。

今日もいろいろ書いたけど、結局、安定剤・眠剤なんて、結局はあんまり変わらない。それぞれの微妙な違いを判ったふうな顔をして語っているその時期は、まだ救われるってことかな。そこで止まれば、なんとかなる。そこ超えちゃうと、レンドルミンだろうがサイレースだろうが、セルシンも全部同じってなっちゃう。でも市販薬のドリエルは一緒にはならなかった。薬切らして発狂しそうになった時、救いを求めてドリエルを一箱飲んだら、もっと具合が悪くなった。馬鹿だよね。パブロン10包の方が今思えばまだマシな気分になったかもしれない。また、パブロンについては別エントリーでいつか。

ベンゾジアゼピン依存-やめられない恐怖

ベンゾジアゼピンの薬を止めたいと思っても、そうそう簡単ではない。これは経験した人間じゃないと理解できないと思う。その苦しみは味わった人間じゃないと判らない。経験したことのない人に言葉で説明しようと思ってもまず伝わらない。一生懸命状況を説明しようとしても、突拍子もない症状の離脱禁断がでるために、聞いている側もまともにとりあって聞こうという気にもならないから。

常用量の処方でも長期服用した場合でも依存してしまうそうだ。これはごくごく最近問題として週刊誌などでも取り上げられている。常用量の処方で依存してしまうかどうかは私には判らない。個人的な意見としては、常用量だったらそこそこ長期服用しても問題はなさそうとは思う。実際、私個人は薬の効きが悪いほうで、1ミリのデパスを飲んでも何の変化も感じない。銀のハルシオンを1つ飲んだところで眠気がさすとうことは全くなく、飴の代わりにポリポリ噛みながら麻雀しても、逆に調子がよくなるくらいだ。体感できるとすれば、サイレースの2ミリを2個以上一度に服用すると多少はボーっとして呂律が回らなくなる。実感として「あ、薬が効いてきた」と感じることの出来る量。

私はベンゾジアゼピンの薬は水やお菓子代わりに乱用していたので、当然そんな生活を6年も続ければ体も心もべっとり依存してしまったのだが、常用量を守っていたら止められなくなっていたかというと、おそらくそれほど深刻な問題ではなかったと思う。あくまでこれは薬の効きにくい体質の私の考えで、実際は常用量でも十分止められなくなった人たちはたくさん世の中にはいるようだ。

ベンゾジアゼピン系の薬のリスクを知りながらなぜ医者は処方続けるかというのは別のエントリーでいつか書きたいと思うのでここでは避けて、ここでは、なぜベンゾジアゼピンに一旦はまってしまうと止めるのが難しいのかを書いてみる。

まず1つ目。ベンゾジアゼピンにはまって止めたいと思っていると相談できる医者が少ない。本人のせいでもある。大体が複数の医者をはしごして処方してもらっている。それぞれの医者には当然他で処方してもらっているなんて言ってはいない。現在かかっているどこの医者に、「先生、今まで嘘ついてました。他でも処方してもらっていて薬止めたくても止められない状態で困っています」なんて、恥ずかしてくて言えるものではない。もし言ったとしても、その医者がこの系統の薬の依存にどれくらいの理解があるかこちらは判らない。複数の医者に通っていたと伝え医者が怒ってしまって、診察拒否されたら、もっと困ることになる。では、現在かかっていない全く別の医者に相談するのはどうか?これも、きちんと理解してくれる医者にあたるまでに相当時間がかかりそうな気がする。だいたいどの医者も、現在進行形の眠剤乱用者なんて相手にしたくないと思う。

医者もベンゾジアゼピンに依存性があるのか多少は判っているとは思うが、それを止めるとどうなるとかあまり知らないのが現実だと思う。おそらく徐々にやめれば大丈夫程度のことしかほとんどの医者は言えないのではないだろうか。だから結局は、自分に頼る以外方法はなくなってしまう。

そして2つ目。自分で減薬、断薬しようと思っても、成功できる確率はほぼゼロ。その理由は、どんな離脱禁断症状がでるか予測できない。また、その離脱禁断にどんな対応したら良いのか皆目見当つかないから。また自分の経験から言えるのだが、この系統の離脱禁断はハンパない。素人的には、1週間か長くて2週間辛い期間を乗り越えればなんとかなるだろうと思って断薬に挑む。2週間頑張ればラクになるんだからと自分に言い聞かせて断薬に挑む。甘い。まず、2週間耐えられないし、たった2週間では(私の場合は)終わらなかった。アル中の離脱禁断の苦しみが1とすれば、ベンゾジアゼピンの苦しみは100以上だった。予測できない状況に、ただひたすら我慢するだけが武器の人間がどうやって戦えばよいというのか。勝てるはずがない。

ほとんどの人間は、失敗した時のためにと、少しは万一に備えて、ベンゾをストックしている。結局、断薬後3日後、もしくは1週間後、苦しみに耐えかねてストックから1錠のソラナックス飲んだら、はい、もとのもくあみ。また1からやり直し。

3つ目。アルコールでさえ、完全断酒に至るには専門の病院で3ヶ月から半年の入院が必要とされるのが常識。それ以上の離脱禁断を伴うベンゾジアゼピンを断つのには当然同等以上の専門施設で治療することが当たり前だと思うのだが、どこがそんな治療やってくれるのか情報がない。薬物依存を扱っている病院の薬物って、一般的に言われる麻薬などのこと。「ベンゾジアゼピンの依存ならうちに任せなさい」なんていう病院聞いたこともない。またアルコールなら入院が必要となる段階では、周りからみても、相当イカれて見える。仕事もクビになって無職だったり、クビになる寸前の状態だろうし。しかし、ベンゾジアゼピンに依存し、本人はもうどうしようもない状態だと思っていても、薬が切れない限りは、普通に仕事ができてしまう。だから、周りはそこまで深刻だとも思ってくれない。例えば自分で断薬して、本当にのたうち回っている姿を見せるまでは、どんな恐ろしい薬にはまっているのかは周りは判らない。もしかしたら、普通に服用している限りは普通に生活できるのだから、大丈夫じゃないかという家族もいるかもしれない。

本人は、恐怖で縛られた生活から逃れることはできない。ベンゾジアゼピンは酒のようにコンビニには売っていない。入手するには医者の処方箋が必要。毎週毎週必ずやってくる土曜日曜。病院は休み。まだまだ先のことなのに、盆、正月、ゴールデンウィークの長期休みの心配を抱えて生活しないといけない。この薬を切らしてしまったら最後、地獄の離脱が始まる。いつも頭の中はその不安を抱いている。不安が不安を呼び、徐々に、量が増えていく。今まで2軒でよかった病院を、念のためにと3軒。3軒が4軒、5軒へとどんどん増える。服用量もどんどん増える。ストックも一月分では心配でたまらなくなる。実際のところ一月分のストックなんて消費しようと思えば一日ですっ飛ぶ量なんだから。

さらにもし薬切らしてしまい禁断症状がでて耐えられなくなってしまったら救急車を呼べばいい?それが週末の夜だったらどうなる?夜中の精神科救急を受け入れてくれる病院なんて大都会の東京でもそうそうない。その理由が眠剤の断薬したらこんなになっちゃいましたなんて、救急隊も信じてくれない。私は日曜日の真夜中2時に救急車を呼んだことがある。その時に、いくら眠剤止めようと思って捨てましたといっても彼らは信じてくれなかった。逆に、飲み過ぎたから具合悪くなったんでしょうと言われたくらい。さらに彼らは、しっかり喋れるじゃない。大丈夫なんじゃないと相手にしようともしなかった。しっかり喋れても、死にそうなくらい辛いのは普通の人には理解してもらうのは大変。救急の場合、死にそうなくらい大変なのは、外見も死にそうなくらい大変じゃないとダメ。今この瞬間死ぬとは思わないけど、真綿でクビ締められるように、精神を追い詰められるこの辛さを伝えるのは至難の技。

世の中に、ベンゾを止めたいと思っているけど、もうにっちもさっちも行かなくなった人はどれくらいいるのだろう。軽い気持ちで服用を始め、副作用は大したことないと薬の説明書きを軽く見てどんどん薬増やし、もう戻れなくなったところまできて、そこで初めて、出口の見えない闇にいると気がついた。止めたいと思った時は遥か手遅れで、愕然と膝をつき途方に暮れる。

ブログ趣旨

アルコール依存症に関する情報は、書籍・ウェブなど調べようと思えば簡単に手に入る。アルコールの離脱禁断症状がどのようなものであるとか、アルコールを断酒する苦しみがどのようなものであるとか、正しい情報を得るのにそれほど苦労することはない。

また、アルコール依存症を含めた広義の意味での「依存症体質」や、病気として自己もしくは周囲が認識する以前の「生きづらさ」を感じている状態、その主な原因は「生育歴」にあることも近年判ってきているようだ。アダルトチャイルドやアダルトチルドレンという言葉を耳にする機会も多い。「機能不全家族」と呼ばれる家族で幼少期を過ごした子供は、自己防衛本能として身につけてしまった癖を大人になってからも引きずって生きなければならない。頭では判っている、理屈では判っている、しかし、現実問題としてどうしても上手に対応できない。対応できない結果、いつも心に「空虚感」を感じ、結果、「生きづらさ」を常に抱いて生きていくことになる。

まるで催眠術にかけられたのと同じ。自分がなぜそんな言動をしてしまうのかわからない。でも、そんな自分の振る舞いによって苦しむのは自分だって判っているのに。そんな自分を変えたいっていつもいつも思っているのに。でも、気がつくと、やっぱり自分を苦しめている自分が今日もいる。骨の髄まで叩きこまれた癖は、そうそう簡単には、抜けるものではない。

生きづらさがひどくなると、病的な症状、つまり依存症を発症してしまう。アルコール、薬物を始めとする「物質」に依存してしまうパターンと、「買い物」「セックス」「過食・嘔吐」など行動に依存してしまうパターンの大きく2つに分けられるが、多くの場合、複合的に発症してしまうようだ。私もそうだった。

依存症を克服しようと努力する。私も努力した。今も継続している。このブログで自身の今までの経過を少しづつ綴ってみようと思う。その中で、私自身の「依存症」の原因について思考した結果を明文化し、よりはっきりとした考察を試みることで、今後の生き方の指針を得られるかもしれない。また、この広い世の中に今までの私の経験が何かしらの参考になる人々もいるかもしれない。

このエントリーの冒頭にアルコール依存症について触れた。私はアルコール依存症である。現在は断酒しているが過去に2回精神病院に入院したことがある。2回の入院の合計期間は1年弱に及ぶ。たった1年かもしれないが、短い人生のなかで「1年という期間」を精神病院で過ごしたことは、客観的にみると、クソのような経験だと思う。もちろん、私自身は大変有り難い貴重な経験をさせて頂いたと当然前向きに考えるのだが、世間一般の人々にとって「精神病院の入院」など、クソとしか思わないだろうから。

多少自由になるお金がある頃は、その金を使うことによって依存できる行動、つまり「買い物」「女遊び」に依存したこともあった。そんな依存は、お金がなくなればそうそう続けることはできないので、今はなんとかおさまっている。有り難いことに借金してまで金使うという時期は過ぎているようだ。広い世の中には、借金する行為自体に依存してしまうとう珍しいパータンも存在していると聞いた。どんな精神状態なのか経験のない私には判らない。金を借りなければならないという強迫観念なのか、金を借りれば気持ちが良いのか。

今の私は湯水に使えるほどのお金がないからお金を使うことによる依存がおさまっているのか、その依存自体を克服できたのか判らないでいる。このブログを綴ることで、どちらなのか見えてくるのかもしれない。

アルコール依存にもし救いがあるとすれば、もし病識を正しく持てさえすれば、つまり自分がアルコール依存症だと認めることができれば、それを克服するための情報の入手は困難ではないということだと思う。もちろん、当の本人にとっては、それ(アルコール依存症と認めること)が最も難しいことだとは思うけれど。

このブログの大きな目的の1つに依存症の中でもそれほど知られていない依存症、ベンゾジアゼピン系の精神安定剤・睡眠導入剤による依存症について、私の経験を伝えることが挙げられる。私がベンゾジアゼピン系の薬を服用するきっかけは、アルコール依存症の治療でこの系統の薬を処方されたことである。気がつくと、常に1000錠の安定剤・眠剤が手元になければ安心して生活できないという状態にまで侵されてしまった。

ベンゾジアゼピン系の薬による依存は最近までそれほど知られることはなかった。故意なのか、それともこの系統の薬の依存はそれほど深刻ではないと本気で信じている精神科医が多いのかは判らない。おそらく、どちらも正しいと思う。ベンゾジアゼピンの依存で、もっとも困るのは、信頼できる情報がウェブでも書籍でもほとんど入手できないということだと思う。ウェブで頑張って調べても、ベンゾジアゼピン依存で苦しんでいる人が世の中にたくさんいるということは判る。しかし、ベンゾジアゼピン依存をどのようにして克服したかという具体的経験談はほとんど見つけることができない。

経験者だけが知るベンゾジアゼピンの強烈な離脱・禁断。絶望の底へと叩き落とされる断薬の失敗。生きることそれ自体が不安と恐怖に変わる。恐ろしいベンゾジアゼピン依存。私は思い出せる限り具体的に事実を書こうと思う。人がどうすべきとか、私には判らない。私は私が思ったこと、私が行ったことをただそのまま書こうと思う。ベンゾジアゼピン系の薬物の断薬を考えている人には、1つの事例としてもしかしたら何かしら参考になると思う。

現在私は無職である。46歳の3児の父親である。つらい。今までの人生振り返るとすべて中途半端。今は妻と妻の実家に養ってもらっている。みじめ。夫として妻に何の主張もできずにいる。親として子供に威厳のかけらもない。こんなドツボの状態で、こんなドツボの状態だからこそ、ようやく「依存」についての振り返りを贅沢にも時間を使って記すきっかけを与えてくれた妻に心より感謝したい。

一生治らない病気、「依存症」。酒を止められたが依存症は治らない。断酒している事実こそ、自分がアルコール依存症の証拠なんだから。もしもアルコール依存症が完治したなら、断酒なんてする必要ないから。完治しないから断酒しているわけで。他にも、いろいろな依存癖を持って、こういうひねくれ曲がった精神を持ち、今後もし生きなければならないとすれば、どういうふうに生きようか?いつかその答えみたいなものに辿り着けることを祈り、このブログを続けてみよう。

プロフィール

YJ

Author:YJ
アルコール依存とベンゾジアゼピン系薬物依存の記録。

I hope this blog is of some help to those wandering in the darkness with no way out like I used to be.

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