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アル中には人権なんてないんだよ

アルコール依存症で2回目の入院時の出来事。

ある日、喫煙室にてタバコをすっていた。すると最近隔離病棟から開放病棟に移ってきた若い患者さんが、隔離病棟で起こった出来事を話してくれた。

これはその若い患者さんに直接起こった出来事ではないが、隔離でちょっとした事件だったらしい。彼曰く;

「あのですね、隔離の中にある保護室で、ある患者さんがうんこしたんですよ。そしたら、紙が切れていたらしくその患者さん、通りがった看護師に紙をお願いしたらしいんですね。そしたらその看護師が、”アル中には人権なんてないんだよ、紙とか贅沢なんだよ”みたいな暴言を吐いたらしいです。その患者さんは、怒りに震え、その出来事を後日の院長診察の時に院長に話したら、院長が烈火の如く起こり、すぐその看護師を呼び出し、鬼の形相でその看護師を叱りつけたんです。ただでさえ恐い院長が”こらぁ、お前らぁ、なんちゅうことを言っとるんじゃあ”と怒鳴り散らかしその看護師は相当怒られたみたいです」

話してくれた若い患者さんは、「たまには院長も良いことしますよねっ」みたいなノリで話していた。看護師連中の日頃からアル中患者に対するナメきった態度に胸のすく思いだっただろう。また喫煙室で話を聞いていた他の患者さんたちも「その看護師ひどすぎる。院長から怒鳴られて当たり前」みたいな雰囲気で会話がはずんだ。

私は、ただその話を口を挟まず聞いていたけれど、一人違うことを思ってしまった。看護師が正しいんじゃないかなぁ?アル中に人権?そんなもんないから。

なんだかなぁ。最近の病院って変わってしまった。アルコール依存症を収容する病院は、治療施設でもあり同時に更生施設の側面も必要と思うのは私だけだろうか?アルコール依存症からの回復には、いわゆる底付きと呼ばれる体験が必要。底付きが具体的に何かということはここでは書かないけど、看護師からアル中に人権はないなどと罵倒される経験は必要かもしれないと私は思ってしまった。まぁ、これはひどすぎるから、そこまでひどい経験でなくともよいかもしれないけれど。

長い入院期間に、アルコール依存症の患者さんは自分のことを少しでも客観視できるようになることが治療の第一歩だと思う。そう思えば、看護師から、ミソクソ罵られるのも良い経験だと思うんだけど。その看護師も若かったのか知らないけど、なかなか骨のある奴だ。最近は珍しいくらい骨がある。そんな態度で接していたら、90%に近い確立であとあとボコられるから。最近はボコられるのが怖くて、逃げの看護しかできてないもんなぁ。看護師が本心からアル中に人権がないと思っていたのか、もしくはホントは愛に満ちた心で患者さんに気づいて欲しくてアル中には人権がないと言ったのか判らないけど、どっちでもいいんだけど、こういう患者をナメきった態度は、アル中の治療には役立つと思う。

だってアル中に人権なんてないから。アル中の私はそう思う。特に、治療初期のアル中なんて人権なんてないから。アル中がそんな入院施設に運ばれるケースというのはほとんどが家族が強制的に連れてくることが多い。自分から入院します!なんて手を挙げて来る人は、そうそういない。何故家族が連れてくるか?患者のことを(家族だから当然)心配してだろうか?少しはそれもあるけれど、でもそれはきれいごとかもしれない。ホントは、そのアル中を世間に出しておいたら、思いっきり迷惑なんじゃないかな。正直、刑務所でも閉鎖病棟でもどこでも入ってくれて家族の周りから消えてくれたら心の底から有り難いと思っているんじゃないかな。いやね、それくらいアル中って厄介なんです。判っていないのは、本人だけだから。

入院期間に、患者さんに気がついて欲しいことは、自分がアルコールでやってきたことを周りがどういう風に思っていたことかを、ただ常識的な範囲で理解するのではなくて、心の底から気づいて欲しい。そんな気付きが底付きにつながると思う。アルコール飲んでいた頃は、カスにミソで、ゴミで存在自体が世の中の迷惑でしたっていうくらいまずは事実をしっかりと見つめ、受け止められて、そして初めて治療ドライブがかかるものだから。よくあるグループディスカッションみたいなミーティングで皆さんが言うような、上っ面だけの反省だったら、ダメなんです。これ言っとけば、反省しているように見えるかなみたいなアレはダメなんです。

人間本当に反省する時は、ボロボロ涙ながれてくる。自分がどれだけクソのような人間だったか、その思いが魂めがけて向かってくるカメハメ波みたいな勢いだから、立ち直れないくらい打ちひしがれる。治療ドライブのかかる条件として、飲んでいた頃の自分を、冷静に客観視できないといけない。

そういう意味で、この看護師の「アル中には人権なんてないんだから、紙なんているのかよ」と言うようなすんごい暴言はなかなか素晴らしい。入院初期の患者さんは、まだまだ自己を中心に世界が回っている。人から自分がどういうふうに見られているかとか、人の立場なんて全く考えない。全てが自分中心なわけ。いや、当然、私もそうでした。

アル中に治療には、生半可な治療ではなく、荒療治みたいな治療も必要なんじゃなかろうか?だって、たかだか3ヶ月とか半年とか、ただ3食昼寝付きの入院していても、出たらすぐ飲むから。どう考えても再飲酒するから。アルコール依存を舐めんじゃないってね。そうそう簡単に酒は止まらない。

アル中から酒を本当に止めようと思えば、人格否定もアリなんて私は思う。否定して否定して否定しまくってね。どうせアル中に人格なんてないんだから!だから、それでいいじゃない。看護師からうんこしても紙もらえない経験なんて、素晴らしい経験だと思うんだけどなぁ。毎度毎度、紙もらえなかったとしたら、そのアル中の患者さんは、「あれ、俺、もしかしたら、紙ももらえないレベルの人間なの?」なんて思ってくれたら最高なんだけどね。そこから治療を受け入れるきっかけになるから。

上記の看護師さんを擁護する意見を書いたのだけれど、賛同する人は少ないと思う。でもね、これってアル中だから言えることでもあるのかしらと。アル中のことを一番理解できるのは医者でもソーシャルワーカーでもなくアル中だから。例えば、断酒1周間のアル中が「あぁ、もうキツイ、飲みたい。死ぬほど飲みたい。どうしようか」なんて相談受けたらどうします?よくわからないけど、飲んだらやっぱりまずいと思うから一応止めときます?私だったら、飲んでイカれて死ぬのも自由、キツイけど止めるのも自由、どっちでもいいと思うと答えてしまう。そこには思案なんて全くなし。それが本心だから。アル中にとって何が一番幸せか知ってます?飲んでイカれて死ぬまで飲むこと。ま、実際には、これがしぶとくなかなか死なないから困ったもんなんだけど。

アル中からみて、飲んで死んでしまったアル中は本当に幸せな人生だなぁと羨ましい。これは、本心。だってアルコールに身も心もそして魂まで売りさばいた人間が、そのアルコールで死ねるなんて、本人だけに限っていえばそりゃ幸せですよ。周りもどうせ死ぬなら周りに迷惑かけないで欲しいと思っているかもしれない。飲んで死ぬのも自由だし、つらい1週間をさらにこらえるのも自由。どうせ他人事だし。私は冷たいんだろうか。書いている本人はあまりそうは思わない。

断酒1週目なんて、そりゃ、人生お先真っ暗にしか見えない状態だし、これから先生きていても何の意味もないって思う時期。そんな状態の本人に、いくら良いこと言ったって実感として伝わるわけがない。実感として伝わるとしたら、「今をしっかり乗り越えて、体を良くしたら、もっと酒が美味くなりますね」ぐらいですよ。再度言うけどアル中のことはアル中にしか判らない。私もまだまま治療中。こういう文章みて、アル中の人がどんなことを思うかまで気が回っていないから。でも、酒害に苦しむ多くの人が、どうせ、せっかく、なんらかのきっかけで断酒を強いられることになったとしたら、そこから少しでも立ち直って欲しいとは本当に思う。断酒を強いられ、苦しい状況に置かれたのだったら、せっかくそういう状況に置かれたなら、二度と同じような状況に置かれないようになって欲しいと思うから。苦しいことを経験するのは一回でじゅうぶんだから。ねぇ、アルコール依存症と自認する皆さん、飲んで死ねたら最高じゃないですか???

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その通りだと思う

私の父親はアルコール依存症でした。母親は共依存でした。心から愛した恋人は、知り合った時はアルコールを受け付けない下戸でした。半年ほどお付き合いをし、結婚の約束をした頃、彼の様子がおかしくなりました。彼は断酒中のアルコール依存症で、スリップして再び酒浸りの日々となってしまいました。出会った頃(断酒していた頃)とは別人になりました。断酒していた頃の素敵な彼が本当の彼なんだと思い、私は彼を立ち直らせるために、誠心誠意、尽くしました。アルコール依存症の、人間の形をした生き物は、人間ではありません。彼らはアルコールだけでなく、愛情を傾ける人にも依存します。私は母のように、共依存になりかけていることに気付きました。彼と別れて、自分の人生を立て直せた今、思うことは、アルコール依存性の生き物は人間ではない、ということです。当然、人権などありません。人間として扱われたいのなら、まず人間になる(酒をやめる)ことです。それまで彼らを人間として扱ってはいけません。彼らを人間だと思うと、地獄に引きずりこまれてしまいます。彼らは悪鬼妖怪の類ですから。

仰るとおりで!

>彼らは悪鬼妖怪の類ですから。

仰るとおりです。アル中をまともに相手しないことです。助けようとか思わないことです。さっさと距離おく方がいい。

それが、アル中本人のためにも、あなたのためにもなると思います。

No title

アルコール依存症は 結局は自分の意志の問題で 飲む飲まないを決めます。したがってガンなどの不治の病と違って 自分の意志で治るものです。 治したいのに飲んでしまうというのは はっきり言って自分の責任であり、その病気によって 家族がどれだけ振り回されているか また医療機関も税金などを使って治療している。
はっきり言って 人の情けにたかる人間です。ですから人格などという人並みなものはないです。
 習慣化したお酒を断つのは 大変なことと都は思いますが病気ですから真剣に治す強い意志をもってあたるってほしいです。もし 真剣に治す意思がない場合は 社会的にも必要ないので 消えていただきたいのです。
プロフィール

YJ

Author:YJ
アルコール依存とベンゾジアゼピン系薬物依存の記録。

I hope this blog is of some help to those wandering in the darkness with no way out like I used to be.

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